天候が荒れた日は、テントの中で休息しながら読書を楽しみます。登山を始めた30年前に購入した書籍、冒険家・植村直己さんが書かれた「エベレストを越えて」を日本から持参しました。この本を再び読む時が、ヒマラヤ遠征中とは夢にも思いませんでした。
荒れた天候でも、一瞬だけ視界が良くなる時があります。標高8,000mの悪天候の様子を、見上げると、美しかった峰々が死を容易に想像できる恐ろしい世界に変貌しています。行動中に天候の急変に対処できず、取り残された時の状況がリアルに想像できます。同時に上部のC1、C2、C3で待機しているパーティーは大丈夫か心配になります。
積雪量が増え始めると、気温の低い真夜中でも、雪崩の音が響き渡ります。この場所でも、過去に雪崩の被害が遭ったことがあるため、緊急ホイッスルと小型ナイフ、小型ライトを常に首から下げて備えます。シュラフの中で雪崩の音が聞こえてくるとシュラフとテントを裂いて脱出できるよう、無意識に小型ナイフを両手で握ってしまいます。
ネパールと日本の時差は3時間15分。日本の方が進んでいます。遠征生活にも慣れてくると、アイスフォールの険しい登攀中でも、その時刻から日本のことを思い出すことがあります。日本にいる頃は、ヒマラヤのことばかり考えていたのに、ヒマラヤに来たら日本のことを思い出します。
ヒマラヤ生活にも慣れて来た嬉しさと、慣れからの集中力が下がってきている証拠に、左手にアッセンダー、右手にピッケルを握り直し、永遠と続くユマーリングを意識して集中させます。
ヒマラヤ・世界第8位高峰マナスル峰(8,163m)遠征 vol.10 へ