「嘘!」と、思わず呟いてしまいました。一晩でBCが雪国に。テントの中からでも分かってしまう外の雰囲気から、覚悟はしていても想像以上の積雪に動揺します。湿った雪の重さでテントのポールも折れており、山頂に向けた初日としてBCを離れる重要なタイミングだけに、心まで折れそうになります。
マナスル峰の登頂率の低さは、この不安定な天候であることを思い出させます。副隊長の判断待たずに、BC出発は延期、本日は停滞となることが分かります。同時に、数日前に見送ったC1、C2、C3、C4で待機していると思われる隊員たちのことが心配になります。
気象条件に恵まれて、初めて山頂に向かう「挑戦権」を与えられるヒマラヤ登山。そのチャンスは多くありません。
終日、曇天。天候が回復しません。今後の天候によっては、このままBCでの撤退も覚悟しておく必要があります。登山は気象条件が最優先と頭で理解していても、気持ちをどう整理してゆけば良いのかを考え、悩みます。
夜になると、再び雪が降り始めました。ポールが折れないよう、テントを時々揺すって雪を下ろします。その作業を繰り返しながら、雪崩の音を聞いていると、遠征の終了を強制的に想定させられます。
「よし!」。翌朝、シュラフからでもテント内の明るさで、天候が回復していることが分かります。天候は快晴。しかし、この山域全体が初めて見る積雪の深さです。
副隊長の判断を聞くため、隊員全員がキッチンテントに集合。撤退か、出発か、副隊長を直視できません。すると、隊員全員に向かって、さらっと、当たり前のように「今日は行きます!」「Go Upです!」と大声で発表。この発表を聞いた瞬間、髪の毛が逆立ちました。
4日後から天候が崩れる予報なので、上部での滞在を短縮させるため、本日中にC1まで登った後、明日はC3まで一気に進むプランが続けて発表されます。アイスフォールを午前中に通過し、暗くなる前にC3まで登ってしまう計画。数分前まで撤退の発表を覚悟していた身、標高差1,000mを一気に登ることなど、「上等!」の心意気です。
安全祈願の儀式として祭壇で焚かれる煙に全身を包まれながら、BCを離れます。この積雪量での行動です、祈りも真剣になります。
BC出発30分後、最初の難関、岩壁超えです。気温の上昇に伴って雪が溶け始め、滑りやすくなっています。気持ちはすでに山頂8,163mに向かっているので、こんな岩場で、もたついている場合ではありません。岩壁を越えて氷河の歩行に入る際、隊員全員が雪山の装備へ変更します。
他の隊員に迷惑をかけないよう、足を引っ張らないよう無言で素早く準備します。ひとつのスピード競技のようで、手慣れた様子に心強く感じます。
高所への順応だけでなく、チームワークも仕上がっていることに気がつかされます。雲を抜けると、遠くにC1が見えてきました。
もうBCに戻る必要はありません。山頂まで、ひたすら登り続けます。ナイケ・ピークを眺めながら飲む、甘くて濃いミルクティーの美味しいこと。
ヒマラヤ・世界第8位高峰マナスル峰(8,163m)遠征 vol.15 へ