人類初の宇宙飛行を成し遂げた国、ロシア連邦。ヨーロッパ大陸最高峰・エルブルース峰は、その国にあります。ソ連の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンが宇宙から伝えた有名な言葉より、宇宙船ボストーク1号が発射された際に彼がつぶやいたとされる「さあ、行こう!」という言葉が好きです。これから未知の世界に向かう気持ちが短い交信記録からも伝わります。その情景を思い浮かべながら、ヨーロッパ大陸最高峰を旅します。
予備日二日目も「待機」となりました。予備日も残り一日となると、「撤退」という結果が大きく見え始めます。登山は天候次第と理解していても、やはり落ち着きません。昨日まで美味しくいただいていた甘い紅茶も、気持ちを紛らわせる作業のような飲み方になります。そうこうしていると、昼過ぎに天候が急変。何の前触れもなく、青空が広がりました。
何日ぶりの晴天でしょうか。晴れ晴れとした気分とはこのこと。帰国を覚悟し始めていたタイミングでの日差しがなんとも嬉しいこと、嬉しいこと。
山小屋周辺もお天気とシンクロして、シーンと沈んだ雰囲気から一転して活気付いてきました。
「山は山頂から眺めて良し、遠くから眺めても良し」視界の悪さで全く気付きませんでしたが、とても迫力のある峰々に囲まれていました。雲の乱れぶりから、その場所での風の流れや速さがわかります。今日は「遠くから眺めても良し」に留めておいた方が無難な山も多そうです。
同じ目的で世界10ヵ国から集まった登山者たち。小さな山小屋ですが、この晴れ晴れとした気持ちは皆同じで、自然と会話も弾みます。午前中までの「明日はどうでしょうね・・・」といった不安な気持ちが滲む会話も、すでに遠い過去のことのように感じられます。
風景を撮る姿から、嬉しい気持ちが伝わってきます。
長い時間、山頂を眺めている人。
長い時間、この雰囲気を眺めている人。
日が西空へ傾き始めても、いよいよ山頂に向かえる嬉しさを楽しんでいるようです。
山頂を眺めながら、何を話しているのでしょうか。会話は聞こえてきませんが、なんとなく想像がつきます。
この天候の回復を予想していたのでしょうか。この時間帯から、行動を開始するチームも。
明日、我々も登るコースを早いペースで進みます。
初めて対面するエルブルース峰、東峰と西峰からなる双耳峰は迫力があります。その山容に、先ほど出発したチームが吸い込まれていきます。
山での急激な天候の変化は珍しくありません。急激な天候回復は大歓迎ですが、その逆は考えたくありません。この晴れ間は本物の回復と解釈しても大丈夫なのか、この青空を疑う気持ちも大切です。
雲の分類として「雲の類」「雲の種」「雲の変種」「雲の副変種」に整理できますが、激しい気流の乱れで、一時も同じ雲の姿を保ってはいません。断片雲なので「ちぎれ雲」と呼べばいいのでしょうか。姿を現したエルブルース峰を眺めつつ、その峰を覆う雲たちを観察して観天望気を試みます。夕食時、リーダーが気圧計の変化を確認しながら、独り言のように「もう、終わりかも・・・」と呟きました。それは、続いていた悪天候の終わりのことで、明日は山頂に行けそうという嬉しい言葉でした。そのワクワク感がそうさせたのでしょうか、夕食の後、ロシア連邦チーム対日本チームの雪合戦が始まりました。
※2002年9月にフィールドに訪れた際の記事となります。