〈※本記事は、2002年9月にフィールドに訪れた際の記事となります〉
人類初の宇宙飛行を成し遂げた国、ロシア連邦。ヨーロッパ大陸最高峰・エルブルース峰は、その国にあります。ソ連の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンが宇宙から伝えた有名な言葉より、宇宙船ボストーク1号が発射された際に彼がつぶやいたとされる「さあ、行こう!」という言葉が好きです。これから未知の世界に向かう気持ちが短い交信記録からも伝わります。その情景を思い浮かべながら、ヨーロッパ大陸最高峰を旅します。
上空の大気がうごめいていた天候から一日経って、とても穏やかな朝。風は静穏。ここが湖畔でしたら、湖面は鏡のように滑らかで、逆さエルブルース峰が映っていることでしょう。この晴天が気持ちをそうさせるのでしょうか。無機質な金属の筒でしか見えなかった小屋が可愛いデザインに感じられてきます。
人工物とのアンバランスさが、不思議な風景を醸し出します。登山者なので忘れてしまいますが、ここはスキー場であることを思い出させてくれます。
余った食料や滞在中に出たごみを85Lと40Lのリュックサックに詰め込み、ひとつの荷物になるようロープで結びます。登山とは関係のない小型天体望遠鏡と大型三脚、そしてカメラ機材の重量を恨めしく思ってしまいます。この青空の下、本日は高所順応のための停滞日なのでしょう、朝からゆっくり読書を楽しまれています。雪目対策も万全です。
ベルギー王国の皆さまがお別れの挨拶に来てくれました。言葉の挨拶に加えて「そんな大きな荷物を背負って大丈夫なの?」という表情から、心配されていることも伝わってきます。瘦せ我慢とはこのこと、涼しい顔を作って下山開始です。
やはりエルブルース峰は一段高い峰。この小屋の標高からでも辺りの峰々を見降ろすような眺望です。山スキーで散策したら気持ちが良さそうです。
登頂した峰を背にしての下山は、やはり気持ちも軽くなります。荷物の重量がお土産として、充実した気持ちのように感じられます。生物学者レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』ではありませんが、雨天での登山も嫌いではありません。しかし、眺望の良い登山ルートでの晴天は、その楽しさが何倍にも膨らみます。
最後尾なので、時々足を止めて名残惜しく振り返ります。単調なエルブルース峰も少し下山しただけで、山容が変わります。無駄と分かっていても「天気もいいから、もう一泊小屋でゆっくりしませんか?」と、仲間に声だけでもかけたくなってしまいます。