2013年5〜6月、北米大陸最高峰デナリ峰遠征に向けて日本を出国。しかし現地に到着してみると、なんと入山できないことが判明…。これも何かの運命と気持ちを切り替え、6,000m峰登山に対応できる装備もあるので、より冒険度の高いマーカス・ベーカー峰(4,016m)に挑戦することに。
セスナ機が迎えに来る日程の都合で、悪天候でもC1からBCに移動する必要があるとされていた日、奇跡的に天候が回復しました。3日間降り続いた降雪の関係で、荒々しい風景に雪が積もり、柔らかい風景に一変していました。この風景の変化は、雪崩の危険が高まったことを意味します。
2回に分けて荷揚げした全装備を、ゴミひとつ残すことなくBCに運びます。装備の重さから、クレバスを踏み抜いた時の衝撃を考えると、無意識にハーネス類の確認を何度もしてしまいます。
朝日の関係で、ヒドンクレバスの位置がはっきり分かります。危険と分かっていても、BCに戻るため、クレバスの上を越えて行きます。幅が狭い時は飛び越え、幅が広い時はザイルでの確保を信じて静かに歩きます。
気温が上昇し始めると、予想通り雪崩が多発。雪崩が起きる瞬間の音が伝わってくると、緊張が高まります。雪崩発生を確認しても、景色のスケールが雄大過ぎて、こちらに向かってくる雪崩の規模と距離の感覚が取れません。この場所にまでデブリが到達すると分かったとしても、隊員同士とソリの装備がザイルで結ばれてしまっていることと、周辺は無数のクレバスに囲まれているため、逃げることも、逃げる場所もありません。隊員全員で雪崩を眺めながら、デブリがこちらまで到達しないことを祈るだけです。
クレバスが悪化し、安全なコースに立てたワンドの場所ですら、危険な状態に。先行するスキー隊員が、新たな安全なコースを探すため、何度も大きく迂回しながらBCを目指します。先行する山スキーを装着した隊員が、何度もストックで雪面を叩いて確認している様子を眺めていると、負荷がかかりやすい後続のスノーシューを装着している隊員は、その場所を通る覚悟が高まります。隊員同士、大きな声を出し合って危険な場所を確認し合います。
雪崩に遭うことも、クレバス滑落でケガすることもなく、隊員全員BCに到着。セスナ機による回収まで時間があるため、山スキーを装着して氷河を3名で横断してみることに。小学生の頃に読んだ書籍を通じて山岳への憧れのきっかけとなった、故・長谷川恒夫さんの山スキーを装着させていただきました。伝説のクライマーの山スキーをお借りしているだけで緊張します。
氷河横断途中、振り返ってBCを眺めます。我々テントの人工物が風景に加わると、その風景の圧倒的なスケールの大きさが初めて分かります。
氷河を横断すると誰に見られることもない、美しい場所が無数にありました。我々にしか見られない楽園のような場所を目の前にすると、人類未到の地を調査する探検家のような気分です。見たこともない美しい光景に、ただただ驚くばかりです。
BCに戻るため、再び氷河を横断します。BCの仲間が、心配して手を振りながら見守ってくれています。BC到着と同時に、マーカス・ベーカー峰遠征が終わります。長谷川恒夫さんの山スキーで滑る音と聞きながら、急に寂しい気持ちになりました。