南緯32度、日本との時差12時間。日本列島の裏側、地球儀をぐるりと半周回した場所、世界最長8,000kmアンデス山脈の旅へ。日本の地平線の下、南半球の星空(宇宙)を眺めながら、南米大陸最高峰アコンカグア峰(6,960m)山頂を目指します。
大地の岩、大気の雲、宇宙の空、他は何もありません。とてもシンプルな世界ですが、太陽光による影と疾風による雲の流れで景色が劇的に変化します。アンデス山脈は5,000万年以上前の構造運動による山脈です。
5,000万年以上前に構造運動が止まったということではありません。ヒマラヤ山脈、アンデス山脈の誕生となった地球上の各プレートは、現在も活動し続けています。隆起した山脈は、同時に重力によって崩壊し、浸食によって風化し続けます。その最高所がアコンカグア峰の山頂。風化によって岩壁が砂になり、固まった地盤が山頂までの登山ルートとなります。主なルートは、北西面ルート(ノーマルルート)と北東面ルート(ポーランドルート)の2本。技術的に難易度が最も低く、安全に登れる北西面ルートを登ります。
登り始めてすぐに、体が軽く感じられることに気がつきました。高所順応が順調に進んでいるようです。リーダーから「ここで休憩にしましょ」の掛け声を待つことなく、トレッキングポールに支えられることもなく、うつむきながら登ることもなく、C1到着です。
穏やかなC1ですが、C2の方向を見上げると、激しい雲の流れから上部キャンプ地は別の世界が広がっているようです。
チーム全体の調子もいいようです。BCへ下山する前に、より標高の高いところまで登ってみることにします。
お年玉をいただいた気分です。登山者だけのご褒美、アンデス山脈の眺望を楽しみます。
典型的な日本人の行動パターン、いい眺めに出会うと風景写真を撮りたくなります。いつまでも記憶に残したい景色を、フィルムに託します。
次回、C1へ戻る時は共同装備の荷揚げ、高所順応が目的ではありません。いよいよ山頂に向かう、通過ポイントとなります。その日がこれほど見通しの良い天候とは限りません。BCに戻る前に、これから先のルートを確認します。
今晩は月映え、風もないことからBCを見下ろせる高台まで登ってみることにします。やさしい月光に照らされ、人工の光は不要です。まだ眠くないのでしょうか、この時間帯でも起きている方々の多いこと。テントの灯りが、そのことを教えてくれます。この天候が続くことを信じて山頂へ向かうチームでしょうか、夏の富士登山道のようにルート上にライトがゆっくり登ってゆきます。
闇夜が星空観望には最良の条件ですが、登山好きにとっては、峰も一緒に眺められる月夜も最良の条件です。就寝時間は毎晩夜半過ぎになるため、寝不足で登山活動に影響が出てしまいそうですが、南半球での星空を眺めないで寝てしまう方が体調を崩してしまいそうです。
おとめ座の方向にある最も近い銀河団、約3,000個以上の銀河が集まる「おとめ座銀河団」までの距離は約5,900万光年。肉眼では見えませんが、5,000万年以上前に出来たアンデス山脈に立ちながら、おとめ座の方向を眺めて5,900万年前の光が地球に今晩届いていることを考えます。
岩壁と夜空を重ねて、天文学的な時間と距離のスケールを想像します。人間の寿命は100年ほど。人間の思考では、桁が違い過ぎる天文学的な数値を実感するにはなかなか大変ですが、そこが宇宙の面白さでもあります。
月を長い時間眺めたり、月光の下で眠ることは良くないと世界各地で言われています。お月見が良き風習として伝わる日本でも、月は冥界を支配する神と考えられていました。この場では月色という言葉が相応しいのでしょうか、太陽の光が月面に反射してBC全体をやさしく照らします。
その光から不穏な気配は伝わってきません。癒やしすら感じさせる月光浴を楽しみつつ「このまま眠ってしまってもいいかも」なんて思ってしまいますが、風邪を引いて体調を崩したら大変です。いつまででも眺めたくなるような月の魔力に取り憑かれないよう、今晩も南十字座を眺めたところで山小屋へ戻ります。