世界で初めて世界五大陸最高峰に登頂した冒険家・植村直己さんの活躍に、どきどき、はらはら、わくわくしていた小学生。通学路の世界しか知らない子どもにとって、スーパーヒーローです。その冒険家の遭難を知った時、「世界五大陸最高峰に登ってみよう」ぼわっと頭の中でそんな思いが広がりました。「憧れ」から「挑戦」に変わった瞬間、高校1年生の時でした。
一期一会の徒歩旅をゆっくり楽しんでしまい、ホロンボハットに到着したのは夕食時になっていました。雲に入ってしまう標高なのか、山霧の中で夕食を済ませます。仲間のひとりは高所順応があまり進まない状態で山頂に向かったため、シュラフから出られないほどの疲労です。
山頂に向かう時、最後尾でとても辛そうな表情で登っている姿を思い出します。その姿から「どうしても登頂したい」という気持ちがこちらにも伝わってきます。今晩は辛い一晩かも知れませんが、麓まで戻ったら登頂した充実感に包まれることでしょう。気持ちが体力を超えさせての登頂、登山の醍醐味です。
明日には麓まで下ってしまうため、キリマンジャロ峰での星空観望は今晩が最後です。気象情報などないので、これから天候が回復するのか、さらに悪化するのかは分かりません。終夜、満天の星を期待しながらゆっくり時間を過ごします。次第にガスが消え、明るい星から見え始めました。星々の滲みが幻想的です。
北斗七星が低い空に見えています。緯度の低い赤道付近から星空を眺めていることを、星座たちが改めて知らせてくれます。北斗七星は世界各国、古代から様々な姿に見られています。小学校の教科書にも紹介されている「北斗七星」は中国名。和名は「柄杓星(ひしゃくぼし)」。やはり日本人なのか、この星の並びはアフリカ大陸から眺めても私には柄杓にしか見えません。気がつけば、今晩も星月夜となっていました。
キリマンジャロ峰登山準備のこと、登っている時のことを思い出しつつ、これから挑戦したい山のことなど、星を眺めながら自由に考えます。星々を見ているようで、将来の自分を見ています。星の光は全て過去の輝きです。太陽は8分前の姿、地球に最も近い天体である月ですら1秒前の姿を眺めています。自分が生まれる前、人類が猿人として誕生する前の時代に、星が放った大昔の光を浴びる心地良さ。アフリカ大陸の大地に寝っ転がって宇宙のスケールを感じつつ、過去の光を眺めながら、将来の自分を想像します。
ひとりで夜空を眺めているだけなので暇そうな姿に見えてしまいそうですが、私にとっては充実した大切な時間です。
今晩も気がつくと夜が明けてしまいました。
湿度や空の澄み具合、雲の状況から、二度と同じ夜明けの光景は見られません。旅先で偶然に出会う人と同じ、一期一会の眺望です。
御来光を迎えたら、昨晩からの星空遊びは終わります。そして、本日の山遊びが始まります。登山の一日は、とてもおいしい本場のキリマンジャロコーヒーをいただくことから始まります。