南緯32度、日本との時差12時間。日本列島の裏側、地球儀をぐるりと半周回した場所、世界最長8,000kmアンデス山脈の旅へ。日本の地平線の下、南半球の星空(宇宙)を眺めながら、南米大陸最高峰アコンカグア峰(6,960m)山頂を目指します。
とても静かな元旦の朝。今日は休息日にされている隊が多いようです。昨夜、あれほど騒いだ大晦日の翌日です。仕方がありません。まだシュラフの中でしょうか、テントから「ZZZ……」と聞こえてきそうな雰囲気です。
生真面目な我々チーム日本、毎朝の儀式でもあるコーヒーを済ませたらいつも通り登山開始です。21世紀最初の元旦は、高所順応を兼ねてC1となるニド・コンドレス(5,150m)へ初詣(共同装備荷揚げ)に行きます。子どもの頃、「21世紀」という言葉に華やかな近代的な「未来の世界」を想像していましたが、まさかその初日が人工物ゼロの「標高5,000mの世界」に向かうとは。
温泉地プエンデ・デル・インカは、遠く見えません。登り始めてすぐに、体が重く感じられることに気がつきました。
眺望はとても良いので視覚的な感動から体力が温泉のように湧き溢れ上がるのを期待しますが、何も変わりません。
目指すニド・コンドレスは、まだまだ先の先。夏の富士登山のようにジグザクと、時間をかけてゆっくり登り続けますが、とても単調なので気が遠くなります。
振り返ると、BCが小さくなっています。BCに到着した時は、華やかなテントサイトが街のように感じられましたが、平坦な場所を見つけて設置した一画であることが分かります。
気温が上昇し始めると、氷河が時々崩れます。
リーダーから「ここで休憩にしましょう」の掛け声を待ちます。トレッキングポールに助けられながら黙々と足を動かします。高所に慣れていないメンバーも多いため、ゆっくり歩きますが、先頭から最後尾までが長くなります。
うつむきながら登っていると、ようやく平坦な場所に出ました。C1到着です。これが高所の影響でしょうか、平坦な場所になっても苦しくて速く歩くことが出来ません。
C1から見上げると、アコンカグア峰の表情が変わります。強風が岩壁にあたって、不気味な雲が山頂を取り巻いています。運び上げた共同装備を下ろすと、ザックの中はスカスカです。BCへの帰り道の楽なこと、早いこと。ランチを楽しみに、駆け下ります。
明日は休息日。風がないため夜寒を感じません。絶好の星空散歩日和です。静かな夜、ひとり星空を眺めて過ごします。月明かりがないため闇夜のはずですが、繊細な星の光でBCの街が浮かび上がります。
ごろんと寝っ転がって夜空を眺めます。星座として夜空を切りとって眺めてしまうと、星々が全て一定の距離の点像として見えてしまいます。満天の星、その星ひとつひとつ距離、大きさが異なります。これも登山マジックでしょうか、山では天球に張り付いた星座を「空」として眺めているというより、宇宙を「海」として底なしの深い海溝を覗き込んでいるように感じます。
見方に慣れてきた3Dアート作品のように、星空が立体に見え始めた瞬間です。銀河系の姿「天の川」も、その神秘的な濃淡から大河の姿に浮かび上がります。春の星座が昇り、主役だった冬の星座たちが背を向けて沈んでゆきます。地球の自転スピードは時速1,700km。車窓からの風景のように、立体の姿となった星座たちが通り過ぎてゆきます。
今夜も南十字座が昇ってくる時刻となってしまいました。星好きにとって満天の星に背を向けるという決断は辛さが伴うため、シュラフへ戻るタイミングがなかなか合いません。明朝、予想される寝不足の辛さに苦笑いです。結局どちらを選択しても辛さが伴うことに、やれやれという気持ちが嬉しさとして満たされます。