「いつかは8,000m!」 登山を始めた高校1年生からの、自分自身への合い言葉。アフリカ大陸、南米大陸、ヨーロッパ大陸、北米大陸への遠征を経験し、いよいよアジア大陸・ヒマラヤ8,000m峰に挑戦です。
ヒマラヤ・世界第8位高峰マナスル峰(8,163m)遠征 vol.1は こちら
BC最終日。夜明け近くまで起きていたため、少し眠い感じです。今朝のBCは、昨日までの静けさはなく、引越の朝そのものの慌ただしさ。無事に登山が終わりつつあることと、サマ村に今日帰るという気持ちから皆さんそわそわしています。
お世話になったシェルパたちと記念撮影するシーンが絶えません。今日の天候も曇天。今朝も明け方に、雪が降った様子です。しかし天候を心配する生活ともお別れ。ゆっくりおしゃべりを楽しみながらの朝食風景も、もう過去のこと。時間に追われながら、慌ただしく朝食を済ませます。
手慣れたシェルパたちがBCの共同装備を撤収していきます。そのタイミングに合わせたように、心強いポーターたちが、サマ村からスタスタと登ってきます。滞在中、我々全員を見守ってくれた祭壇にお礼を伝えてBCを離れます。
BC下部の大きなタルチョを見上げながらくぐります。国際キャンプ村とのお別れです。右手に荒々しいマナスル氷河を眺めながら、ひたすら尾根道を下り続けます。まだ、高所順応が仕上がっていない頃、サマ村からBCに向かった時の息苦しさが不思議でなりません。高所での低酸素の環境に慣れた状態で、このままマラソンのレースに参加したら、自己ベストタイムを大幅に記録更新が期待出来そうな仕上がりです。
時々、氷河が大きな音を立てて崩壊しますが、BCに向かう時に見た驚きはありません。森林地帯に入ると、いよいよ遠くにサマ村が見えてきました。森林の空気感、白樺の香りに感動します。行きは氷河に感動し、帰りは森林に感動します。
放牧されているヤクの姿も見え始めます。氷雪の世界に滞在していたため、何でもない普通の風景で嬉しくなってしまいます。また、氷河の強烈な照り返しの暑さではなく、森林地帯の植物によるやさしい暖かさに、ほっとします。このたくさんの嬉しさから、ようやく「生きて帰った」という気持ちになれました。
登山のゴールはBCでしたが、気持ちのゴールはサマ村でした。何週間も斜面を登るか、下るかの行動だったので、平地を歩くだけでも新鮮な気持ちになります。それが雪上ではなく草原の上、笑顔にならないはずはありません。
サマ村到着。今晩は、まだ完成していない造りかけの建物を、宿代わりにします。久しぶりにお金を取り出して、売っていた炭酸飲料水を買って飲みます。
凄いスピードで、続々とポーターたちが我々の共同装備を広場に運び込みます。個人装備しか背負わない我々にとって、ポーターたちの馬力は信じられません。村民総出の大仕事、女性、子ども、老人も軽い散歩から戻って来たような表情です。感謝の意味を込めて、拍手で出迎えます。
ポーターたちも全員、事故、ケガもなく戻って来た知らせが入り、登山が終わったという気持ちがまた一段階さらに実感します。これを繰り返しながら、気持ちも日本に帰国する準備が整ってゆくことに気がつきます。日本での日常生活への順応が、ゆっくり始まりました。
荷物がすべて戻ると、シェルパたちは打ち上げの準備です。クライミング・シェルパとして、初めて8,000m峰に登頂したスタッフもいます。一人前として認められ、嬉しさも倍です。我々にリーダーがいるように、シェルパたちにもリーダーがいます。我々以上に危険な修羅場を経験してきたシェルパたちも全員無事に帰って来ました。シェルパのリーダーにとって今晩の打ち上げは、心の底から思いっ切り爆発させたいはず。その思いは、会場に運び込まれるアルコールの量で想像できます。
登頂祝賀会、打ち上げパーティーにサマ村の方々も来てくれました。子どもたちに遊んでいただいた、小学校の先生の姿も見られます。ヒマラヤ遠征特有のどす黒く日焼けした顔、とても素敵な笑顔ばかりです。今晩の主役は、命懸けで働いたシェルパの皆さんたち。ビールの栓抜きを待ちきれないシェルパは、歯で栓を次々と抜いていき、その瓶は次々と空になってゆきます。
昨晩の寝不足もあり、起きていられません。先にこっそりシュラフへ入ると、早く宴に戻るよう、遠くから大声で呼ばれます。大音量の音楽が流れ始め、シェルパたちが踊り始めたことが部屋からでも分かります。日本ではなかなか聞けないような、大きな笑い声が絶えません。
造りかけの建物ですが、部屋に電球がひとつだけ点いています。久しぶりの電気の灯り。シェルパたちの楽しそうな大きな笑い声を聞いていると、電球を眺めながら、こちらまでつられて笑ってしまい、とても眠いのになかなか寝付けませんでした。