C3は、一年前に大規模な雪崩が発生し、死者行方不明者12名もの惨劇が起きた場所。同じ時期、同じ場所で起きたことを、その現場に滞在していると、この瞬間にも同じことが起きてしまうような気持ちになります。
C1からC3にかけて登りながら体感した、新雪が気になります。この場所で雪崩に遭うと、見下ろした状況から、テントごとアイスフォールまで猛スピードで一気に滑落してゆく様子が容易に想像できます。C3から眺める雲海は、見事な鉄床雲がそうさせるのか、高度が一段と上がったため貫禄があります。
昨日の疲労は全く残っていません。頭痛もなく、パーフェクトな体調です。昨日まで、あれほど軽装だった装備から一変して、今日から標高8,000m峰登山用のフル装備です。顔面も酸素マスクに覆われています。
ユニホームとして揃えたかのような服装なので、ヘルメットとザックの色の組み合せで誰であるかを判断します。転倒しても外れないように酸素マスクは、顔面にバンドの跡が残るほど、きつく装着されています。
C3からC4は見えません。ひたすら急な斜面を登り続けます。過去の遠征レポートなどを読むと、この斜面で上部から装備が落ちてきたことが報告されています。上からの危険に遭わないよう気をつける以上に、自分自身が何かを下に落下させて事故の原因を作らないよう気をつけます。
前屈みになった拍子に転倒し、ザックとの固定が不十分で、長さ80cm重量4kgの酸素ボンベを滑り落としてしまったら、それは凶器になります。
酸素を吸うことで、どれほど負担が軽くなるか期待をしていましたが、苦しさは軽減されていないことに気がつきます。外気が混入しないよう、酸素マスクの密着が非常に強いため、呼吸の激しさに酸素の流入と呼気の排気が追いつかないような状態で、慣れないと窒息するような感覚に襲われます。
C3から上部を眺めると、これから一日かけて登り続けるほとんどのルートが丸見え、気持ちで負けそうになります。誠に勝手かもしれませんが、このような区間を通過する日に限って、終日ガスらない視界の良さを恨みます。その気休めの対処として、約20mごとに目標物を決めて、それを短いゴールにして、黙々と登り続けます。
振り返るとマナスル・ノースも眼下です。各隊員、ペースが大きく異なるため、この区間はバラバラになります。前方、後方にも誰も見えない時間が多くなり、マナスル峰に自分ひとりが入山している気分になります。
8,000m峰を単独で挑戦される方々の心境を少し垣間見ることができる貴重な経験です。副隊長をはじめ、多くの仲間、そして経験豊富な心強いシェルパたちのサポートを受けながら登っている自分には、8,000m峰単独登攀など信じられない挑戦です。
午後から斜面が一段と、きつくなりますが、迂回することなく直登です。新雪の影響が応えます。約20mごとに設定した、何百もの架空のゴールラインを越えた頃、まだまだと思われていた標高7,400mに設営したC4が、突然現れました。
フィックスロープから離れ、テントサイトに向かいます。テントが見えた、この気の緩みが危険と思い、入念にゆっくりと歩きます。このスローな歩行は、安全確保が目的ですが、ついに最終キャンプまで到達できたこと、いよいよ明日は山頂に向かうことの、喜び、嬉しさ、達成感、満足感、充実感が、ゆっくりと歩かせている主な理由です。
観客などいませんが、声援に応えながらトラックを一周する、ウィニングランの気持ちです。先に到着した仲間が大声で出迎えてくれました。みんなとても元気で、ニコニコの表情です。
「疲れたね」「きつかったね」「本当に疲れたね」と、同じ内容の会話が隊員間で、繰り返されます。この嬉しさと楽しさは、単独登攀にはない登山隊としての魅力です。
明朝、午前0時に起床して、真夜中にC4を出発します。夕食とは思えないほど早い時刻に食事を済ませます。体調が非常に良い分、天候だけがとても心配になります。
ヒマラヤ・世界第8位高峰マナスル峰(8,163m)遠征 vol.18 へ