いわずと知れた、日本最高峰・富士山。夏季ともなれば、日本全国のみならず、世界中から登山客が訪れる名峰。山頂までの行程はそこそこ距離がありますが、誰もが一度は登ってみたい山として、高い人気を誇ります。今回はアルパインクライマーの村山孝一さんと、その富士山を登るのですが、まず最初にお伝えしておきたいのが、《冬季の富士登山は危険であり、決してオススメできるものではない》ということ。富士山の開山は例年7月1日から8月末ころ(入山する県により異なります)であり、この時期は小屋は営業していません。そして、3000m級の独立峰ゆえの雪と氷の世界では、滑落の危険がとても大きいのです。今回は、ヒマラヤの8000m級の山域での登頂経験のある村山さんのガイディングのもと、安全に最大限配慮して山行を敢行しました。
冬季でも観光客で賑わう五合目からベースキャンプとなる佐藤小屋へと向かいます。世界遺産に登録されてから観光客が増えるばかりという富士山界隈。とはいえ、一歩登山道へ足を踏み入れれば過酷なアルパインの世界。火山ならではの、真っ黒な小石混じりの道を歩いていきます。
「吉田口側は夕方になると影富士が綺麗なんです。その分、陽が当たらないので寒いのですが、ゆっくりと影が伸びていくのを見ながら歩くのも富士山だからこその風景ですね」。
天候には最大限の注意をはらった今回の山行。夕方、風がほとんどなかったため、小屋から少し登ったところで星空を撮影。左には山中湖、右には相模湾、遠くには東京の夜景が広がります。相模湾から流れてくる風による雲が地上付近に少しあるだけで、空は快晴。無数の星が瞬いています。翌朝の山行に向けて佐藤小屋へと戻り、テントで休みました。
早朝、5合目を5時にスタート。星を見ながら、ゆっくりと登山道を登っていきます。気温はマイナス10℃ほど。今年は例年に比べて雪が少ないため、7合目までアイゼンは必要ありませんでした。登っているうちに地平線がじわじわと明るくなってきて、山肌がピンクに染まっていきます。
「海水の温度が高いのでしょう。海には雲海が広がっていますね」と村山さん。休憩を兼ねて、登山道をちょっとはずれて日の出を見に行きます。やはり標高が3000mを超えると、雲はだいぶ下の方。異世界に佇んでいることを実感します。
この日はそれほど風はありませんでしたが、富士山は風が強いことで有名。冒頭にもあるとおり、周辺に山がない「独立峰」であるため、風を遮るものがないのです。冬季の滑落事故の原因として、突風に吹かれてバランスを崩すというのも多いのだそう。そんな風が雪を舞い散らせてしまうので、山肌を覆うのはカチカチの氷。写真でもわかるとおり、アイゼンの歯が5mmしか刺さらないんです。
- 村山さんがはじめて富士山に登ったのは、なんと高校生だった16歳のころ。植村直己さんに憧れて登山をはじめ、冬富士にチャレンジ。当時も天候には恵まれ、8合目まで登ったのだそう。水平線から昇る太陽を見ていると、そのときの記憶がよみがえるよう。
次第に太陽が山肌を照らしていくと、体感温度がぐっとあがります。遠くには八ヶ岳の山容が見て取れます。「やはり今年は雪が少ないですね。山頂のエリアにしか雪がありません」。
8合目を超えると、登山道は雪に覆われています。雪というよりもアイスバーンという方がわかりやすいでしょうか。アイゼンをしっかりと効かせ、ピッケルを突き、ゆっくりと登っていきます。斜度はそれほどありませんが、3点支持が基本。油断せず、一歩ずつ確かめながら歩くのが大事。
高度を上げていくと、麓の街並みははるか眼下に。「この眺望は富士山ならでは。ヒマラヤだって、まわりに山々があるので、ここまでの高度感がなかなかありません」。
ここまで、状況をみつつ、安全を優先して山行に挑んできました。コンディションもよく、なんと9合目まで登ることに成功。すぐ上には山頂が見えていますが、ここから先は安全を確保する岩などがないため断念。一度転んでしまえば、そのまま滑落してしまう危険があります。「常に安全が最優先。それでもここまで登ってこれたのは天候が安定していたのと、例年よりも雪が少ないから。今後、降雪すればここまで登ってくるのも難しくなるでしょう」。
「冬富士の魅力は、なんといってもこの高度感と緊張感のある風景。雪と氷だけ、厳しいからこその美しさがありますね。身近に3000m級の山があるのは、とても幸せなことだと再認識させてくれます」。
事故は登りよりも下山時の方が多いのだそう。太陽に照らされて暖まった氷が溶け、アイゼンの効きも少し悪くなっています。冬季の富士山登山は、何より「安全」が最優先。確実に、無事に登り、無事に下山することが一番。これまで紹介してきたルートと違い、簡単にオススメできる山域ではありませんが、根強いファンが多いのも事実。この日も、雪上訓練をしているパーティーを含めれば、40〜50人ほどが入山していた模様。人気の高さをうかがわせました。
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今回のおすすめアイテム
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カリマーが誇るリュックサックのラインナップのなかでも、ひときわアルパインに特化したモデル。ハーネスの着用を考慮したヒップベルト形状やアックスの携行を意図した専用ホルダー、アイゼンなどの小物の収納に便利なフロントポケットなど、冬季登山といったテクニカルなシーンで活躍する機能がふんだんに盛り込まれています。耐久性の高いシルヴァガードファブリックは岩や氷などのスレにも強いのが特徴です。-
ポイント
- バックパネルには、汗などを速やかに吸収・拡散可能なスーパークールメッシュを採用
- 専用設計の背面構造
- デタッチャブルヒップベルト