「極地バイクパッキングレースの旅 『Susitna 100』」の最終回として、いよいよバイクバッキングレースの模様をご紹介します。
こちらは「Susitna 100」のポスター。これまでバイクパッキングレースとしてご紹介してきましたが、何を隠そう同じルートでBIKE・SKI・FOOTの3カテゴリーが並行してレースを行なっています。
さらには、スタート時刻も制限時間もすべて分け隔てなく同じ。普通に考えればBIKEが一番速いように思いますが、凍った真冬のアラスカの大地では、必ずしもそうとは限りません。ブリザード(極地に見られる暴風雪)が吹けば、自転車を漕ぐこともできなくなり、そうなればBIKEはただの金属の塊となってしまうのです。
そしてレースがスタート。持ち込んだギア、ウエア、そして食料がマイナス20℃度以下でどのように機能するのかを試しながら、ゆっくりと進みました。前半から中盤にかけてはSKIやFOOTの選手に何度も抜きつ抜かれつ、時には並走しながら会話したり、チェックポイントのテントの中では、暖を取りながら一緒に食事を摂ったりして旅を続けました。
日本では馴染みのないこのような極地レースですが、カナダ北部やアラスカなどの北極圏に近い地域では、毎年多くのレースが開催されています。「Susitna 100」のコース全長は100マイル=約160km。この距離でも極地レースの中では比較的短いカテゴリーに分類されます。地元のアラスカ州(アメリカ合衆国)以外からも10カ国近くの参加があり、リピーターも多い人気のある大会です。
しかし、真冬のアラスカを舞台にしたマイナス20℃を下回るノンサポート・ノンストップの100マイルレースは、誰もが気軽にエントリーできるものではありません。ブリーフィングに集合した面々の雰囲気からもマニアックな雰囲気が漂ってきます(他人のことは言えませんが)……。
参加者一人ひとりのギアを見るだけでも非常に面白い。僕もFOOTやSKIの選手の後ろにつくなどして、どんなリュックサックやソリを使っているのかなど、ギアチェックをしていました。
特にFOOTの選手たちが引いてるソリは、市販品をカスタマイズしたり、このレースのために毎年少しずつ改良したりしながら出場している人もいたりと千差万別。急な坂も多いので、特にソリと人をつなぐ部分は長距離を進み続けるために重要なポイントになるそうです。
BIKEカテゴリーの選手の自転車やパッキングのスタイルもさまざま。 氷や雪の上を進むには、タイヤが太いファットバイク (vol.01 参照)を全員使っていますが、荷物をどこにどれだけ積むかはその人次第。重量に関しても、レギュレーションを満たす装備を自転車に積むだけでも相当重くなります(vol.2 参照)。それも全て生命維持のためであることが、極寒の長い夜になると身をもって感じるのです。
アラスカで最も長いレースは、1000マイル=約1600km(制限時間1ヶ月)。vol.1でも書きましたが、目指すは「Iditarod Trail Invitational 1000」=1000マイルです。そのレースにエントリーするためには、「Sustina 100」を含むいくつかのトールゲートレースを完走する必要があります。これはまだ長い長い道のりの第一歩に過ぎません。
このような極地レースは、犬ゾリレースのルートを辿ることも少なくありません。今回のレース中も犬ゾリのトレーニングと、雪のトレイルを共有することがよくありました。それにしても、本当に進むのが早い。一度、抜かれたときに少し追いかけてみましたが、一度抜かれたその群れに全く追いつくことはできませんでした。
こちらが「Sustina 100」のコース全容を表したマップ。かなりザックリしていますが、ルート上は100%雪と氷に覆われていて、いわゆる舗装路や整備された登山道のようなトレイルは一切ありません(ここでの「トレイル」とは、犬ゾリや現地の人々の生活や狩猟のためにスノーモービルが通っている道のこと)。
そのため直線的な道が多く、マップの通り本当に「ずーっと」ひたすら真っ直ぐな区間もあります。ただし、その直線ルートも分岐がないかというとそうではなく、大小さまざまな分岐(スノーモービルが通った跡)があるので、特に周囲を見渡すことができない夜間のルートファインディングは緊張感があります。そして、思った以上に起伏があります。
マップがあの程度の解像度なので、コンパスの針が指す方角と、この細い板の目印が鍵を握ります。同じ形状で、ペンキの色と書いてある文字が違う犬ゾリレース用の目印も所々にあるので、色の区別がつきにくい暗闇のトレイルでは特に慎重に。その目印も強風で飛ばされてしまっていたり、吹雪で視界が遮られたりすれば、そもそもルート自体が見えづらい場面もあります。
スタートしてから約30時間半、特に大きなトラブルもなく無事フィニッシュ。次のステージに進むためのチケットをゲットしました。唯一、低温下でのバッテリー充電に関するマネジメントには課題が残りましたが、ウエア・ギアのフィールドテストとしては、満足がいく結果を得られました。
やはりレースは楽しいもの。特にこの極地でのバイクパッキングレースは、色々なものの「限界域」への挑戦でもあるので、見え隠れするそのボーダーラインを越えてしまわぬように回避していく面白さが、次を目指す原動力になるのかもしれません。
また、特にこのような距離の長いレースでは、競う相手は長旅を共にする大切な仲間でもあります。レース中もそして終わってからも、国籍、年齢、言葉の壁を超えて、繋がり合うことができるのがスポーツのパワーだといつも感じます。このような経験や感動を今後のアスリート活動を通じて少しでも伝えていければいいなと思います。
すでに2021年冬のバイクパッキングレースのエントリーが各地で始まっていますが、新型コロナウイルス感染症による影響や、外国人選手の受け入れも含めて情報を収集し検討中です。先行きの見えない日々で、なかなか思うようにいかないことが多いかと思いますが、今は前を向いて一歩一歩進んでいくしかありませんね。
最後に、私の記事も掲載されている雑誌「ファストパッキング 2020(RUN+TRAIL別冊 サンエイムック)」のご案内です。「吾妻・安達太良 火山駆け道」と題し、活動拠点としてトレーニングに使っているルートやギアに関して16ページにわたって綴っています。また同誌の巻末には、エマージェンシー関連のことや、ウエアやギアの洗濯や補修についても記載していますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。