前回の続編として、今回はバイクパッキングレースで使用したギアやウエアについてお話しします。
海外のレースに出場するには、何かと苦労が付きまといます。ファットバイクをアラスカまで運ぶとなれば、そのためのバイクケースの調達(ファットバイクが納まるサイズが日本では売っていない!)から始まり……成田空港までの運搬、航空会社との最大積載重量の調整や運賃交渉、現地で借りるレンタカーのサイズの確認などなど。
その他、レースに出るためには必携装備を含めたいくつものレギュレーションをクリアする必要があり、スタートラインに立つ前からさまざまな関門が存在しています。
マウンテンバイクやロードバイクの海外遠征に関しては、Webに多数の情報が上がっていますが、ファットバイクによる冬季バイクパッキングレースとなると、日本語で書かれた参考情報は見当たりません。
海外のサイトを翻訳して調べたり、レースのオーガナイザーとメールのやり取りで検索と翻訳を繰り返す日々。2年後に目指す「ITI 1000」では、英語による意思疎通も出場条件となるので、大学受験ぶりに気合を入れて真剣に英語と向き合いました。
そして、もう一つ気合いを入れて準備を進めたのは、ウエア、シューズ、ギアの選択。マイナス30℃以下を想定した生命維持のために必要十分、いや十二分の対応域をカバーする必要があります。
基本的に全ての装備を最後まで携行しなければならないため、必要ないモノはできるだけ削りたい……でも、この自己完結の極限環境において「必要ないモノって?」と考えはじめると、堂々巡りの世界に陥っていくのです。
極地環境では「寒さ」だけではく、自分の「汗」とも戦わなければいけません。必要以上に汗をかけばその汗が凍りつき、身体中が氷の膜で覆われてしまうため低体温症に陥る原因にもなります。それが足や手で、ソックスやグローブが凍れば指先の凍傷にも直結します。凍傷の症状が出れば、たとえ10マイルしか進んでいなくてもレースはその時点で終了。そのため、肌と直接触れるベースレイヤーやソックスには特に気をつけて、交換のタイミングを見極めながらレースを進めました。
レース本番用として着用したウエアがこちら。最終的にベースレイヤーのシャツ以外は全て〈ultimate〉のプロダクトです。
・アウターシェル(上):epic insulation parka
・アウターシェル(上):alpiniste jkt (※ブリザード対策)
・アウターシェル(下):alpiniste pants
・ミッドレイヤー(上):cozy PG jkt
・ミッドレイヤー(下):quest softshell pants
・ベースレイヤー(上):fieldsensor L/S
・ベースレイヤー(下):flex PSP tights
〈ultimate〉のウエアは、アルパインクライミングやアイスクライミングなど、冬季のマウンテニアリングにフォーカスして開発された製品だけあり、「動きやすさ」に関しては言うまでもなく、極力無駄なアクションを減らしアクティビティに集中するためのさまざまな工夫がなされています。ポケットの配置、ファスナーの角度や長さなど、木目細かいデザインのこだわりが極限環境での活動をサポートしてくれます。
幾度となくテストを重ねて開発されただけあって、どれも欠かせないアイテムではありましたが、特に良かったものはといえば……スタートからフィニッシュまで着続けた〈epic insulation parka〉と〈alpiniste pants〉を挙げます。
〈epic insulation parka〉は、とにかく暖かい。そして防水性もありながらムレ感が少ない。保温性の高い化繊インサレーション〈PRIMALOFT® GOLD insulation active〉を、柔軟性と防水性がある〈PERTEX® shield〉でカバーすることにより、「保温」「伸縮」「防水」「透湿」の4拍子揃った極寒環境でのアクティビティに適応する製品に仕上がっています。
〈alpiniste pants〉は、ハードシェルでありながら膝周辺の可動域がとても広いのが特徴。アイスクライミングでの運動性能を考慮して開発された立体裁断形状により、雪氷上で自転車を漕ぎ続ける動作にもストレスなく追従してくれました。
1つ前の写真を見て「顔に何か貼っている??」と思われたかもしれませんが……その通り! テーピングしています。鼻や頰は凍傷になりやすいため、冷気が肌に当たり続けないようにテーピングで保護しています。気温がマイナス25℃を下回る環境で外気が直接肌に触れると、もはや「寒い」ではなく「痛い」という感覚。このようにテーピングしておけば、その痛みは軽減されます。
顔以外に凍傷のリスクが高いのは、手と足です。「ポギー(Pogie)」と呼ばれる袋状のハンドルカバーに手を入れ、それでも寒いときはカイロをポギーの中に入れて寒い時間帯をどうにかしのぎます。自転車を降りて食事などをするときには高所登山用のインサレーション入りグローブを着用しますが、マイナス30℃を下回る時間帯は、ポギーから手を抜いてグローブをはめるまでの数秒で指先が凍りつきそうになります。
レース中、漕いで登れないような急登では凍った地面をバイクを押して歩きます。高所登山用のブーツと厚手のウールソックスを履いているとはいえ、真夜中になると指先がキリキリと寒さで痛み始めます。ペダルを漕いでいる間もブーツの中で積極的に指を動かして血行を促しますが、それでも痛いときには、何度かブーツの中の爪先にカイロを詰めました。
このような寒さを日本で再現することは難しいため、次シーズンのレースも想定して、いくつかの必携装備(上図はSusitna100の必携装備)のギアテストを行いながら今回出場した「Susitna100」の100mileに挑みました。その中でも重きを置いたのは、(1)Sleeping bag(寝袋)、(4)Headlamp(ヘッドランプ)、そして(6)Insulated water container(保温ボトル)。
寝袋のレギュレーションは、「快適使用温度」がマイナス20F℃(華氏)=約マイナス29℃(摂氏)以上であること。日本のお店では、なかなか在庫していない温度域です。極限環境におけるセルフレスキューの観点からも厳しい装備品チェックを受け、基準を満たしていないと出場は許されません。私の寝袋はというと……対応温度域はメーカー公称値でマイナス40℃、重量2kg、収納サイズは圧縮袋に入れても56cm×33cm。「えっ!そんなに?」と思うかもしれませんが、そのくらい寒いということです。
ヘッドランプに関しては、上図のようにレースを継続しながら充電を行うシステムを試してみました……がしかし、モバイルバッテリーがマイナス25℃以下では全く動作せず、この作戦はあえなく失敗。今回はチャージなしでも成り立つ距離でしたが、次シーズンのレースに向けモバイルバッテリーでのチャージに依存しないライティングマネジメントを検討しておく必要があります。
そして最後に保温ボトル。脱水は凍傷の原因にもなるため、この寒冷地でのレースにおいても水分補給は重要なタスクです。レギュレーションでの最低携行容量は64oz(=約1900ml)ですが、今回は全部でボトル5本、合計約100oz分を携行し、それぞれのボトルの保温効力や行動中の使いやすさをテストしました。保温ボトル1つ取っても「経験に勝る情報はない」と感じる場面が多々あり、次レースでの効率的な運用が見えました。
しかしながら、経験してからでは手遅れということもあるので、レース前にアラスカのアウトドアショップで「レース中に最も危険なことは何か」と尋ねたところ……最も多かったコメントは「ムースに気をつけろ!」。
ムースは世界で最も大きな鹿で、雄は大きくなると背丈は2m近くなり、体重は700kg超、ヒトも襲い命を落とす場合もあります。現地の人たちに遭遇したときの対処法を聞いたところ、「絶対に近づかずに、後ずさり」。日本の山でのクマと一緒ですね。アラスカにもグリズリー(クマ)が生息していますが、この季節は確実に冬眠しているとのことで、危険生物はムースに絞りスタートラインに立ちました。
次回はいよいよ「Susitna100」のレース模様をレポートしますのでお楽しみに。
また、このレースに向けてのウエアやギアのテストなども行っていた私の活動拠点、福島県の岳温泉や安達太良山での活動についても、次回以降お伝えしていこうと思っています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の緊急事態宣言は解かれ、岳温泉の旅館や店舗も徐々に営業再開に踏み切り始めましたが、普段通りに戻るまでにはまだまだ時間を要しそうです。
しばらくこの影響は続くものと思われますが、自由に移動ができるようになったときには、ぜひ安達太良山にも遊びに来て、岳温泉の強い酸性泉でストレスを癒していただければと思います。