この春、世界は一変。新たな時代が幕を開けようとしています。より良い未来を願いつつ、春の訪れに見た海の豊かさ、そして、思うことを綴ります。

自然環境に近い暮らしを求め、都心から横浜郊外に移り住んで3年。いま住む海辺の街にも新たな春が訪れました。

以前は山に行くことが多く、海のことはほとんど知りませんでした。しかし活動のフィールドが海にも拡がったことで、海との関わりからも季節の変化を感じるようになりました。

早春。海は澄み渡り、内湾とは思えぬほど透明度が高まります。冬の間に冷やされた上層部の水が下降し、北風が吹きつけることで下層部の水と入れ替わるのです。入れ替わった海水は栄養塩類をたっぷり含んでいて、植物プランクトンや海藻の栄養源になります。

2〜3月はワカメ漁の最盛期。若芽を干す光景は、街の春の風物詩。水揚げがある日は、採れ立ての生若芽を分けてもらい、しゃぶしゃぶ、味噌汁、サラダ、メカブ納豆など、さまざまな料理を楽しむのが我が家の恒例行事となりました。


大潮の朝はよくアサリを採りに出かけます。水温が上がり始め、餌となる植物プランクトンが増え出すとアサリは旬を迎えます。家族で食べる分だけ持ち帰り、ひと晩砂抜きをして、酒蒸しや味噌汁、ボンゴレにしていただきます。

同じ頃、街を流れる川の源流域の山々。ここは横浜から三浦半島へ続く緑の回廊。オオタカやフクロウ、タヌキやカワセミが生息する、首都圏に残された貴重な自然です。

江戸時代に造られた貯め池が新緑を鮮やかに映していました。森が育んだ水は窒素やリンや鉄分など豊かなミネラルを含み、プランクトンや海藻から始まる食物連鎖による、海の生態系を支えます。

雨が降り、水温が上がるにつれ、海の中は賑やかに。潮通しのよい岸辺にアカモクが揺れていました(アカモクはビタミン、食物繊維、ポリフェノール、ねばねば成分であるフコダインを豊富に含み、海のスーパーフードと呼ばれています)。このような “海の森” にはエビや小魚が身を隠し、それらを餌とする魚たちが寄ってきます。

春は釣り人にとっても待ち遠しい季節。繁殖期を終えたメバルが、浅瀬へ寄ってくるのです。夜の海にルアーを投げると、海藻の茂みから活きのよいメバルが姿を現しました。メバルは春告魚と呼ばれ、同じく春の恵のフキや筍と煮付けると絶品。梅雨の頃まで沿岸で餌を追い、夏が来ると沖へ帰ります。

時折シーバス(スズキ)も現れます。スズキは日本の沿岸部の食物連鎖の頂点に立つフィッシュイーター。遡上する稚鮎を追っていたのでしょう。豹やヤマネコを思わせる精悍な姿は、多くのアングラーを惹きつけてやみません。

幼い頃、童謡『うみ』を口ずさんでは、海の彼方の見知らぬ世界を想像したものです。空や山と同じように、その向こうには常に希望と未来がありました。春の夜。ふと日常を離れ、ひとり釣り糸を垂れる時間は、気ままな山歩きと同様、しばし童心にかえり、心踊らせ、無心になれるひと時なのでした。

しかしこの春、世界は一変。人間の活動は制限されてゆき、4月初旬、街の海岸もコロナ対策のために封鎖されました。

いままでとは異なる光が世界を照らすいま、行きたい場所に行くことが出来た自由、当たり前の日常の尊さを噛み締めながら、この記事を書いています(4月末)。世の中の矛盾や茶番が炙り出され、小さな小さなウイルスに人類が翻弄される様は、人間の思い上がりへの、何らかの戒めに感じてなりません。

我々人間の使命は、より良い世界を未来の世代に引き継ぐこと。いまは一度立ち止まり、新たな時代の生き方、これからの世界のあり方を真剣に考える時なのでしょう。また自由に、海へ、山へ。美しい自然、生命の輝きと親しむ日が来ることを心から祈ります。