暑さ、寒さ、雨、風、嵐…。自転車の旅は、その時々の天候によって左右されるといっても過言ではありません。南アフリカを出発して以降、アフリカは乾季の真っ最中。おかげで半年ものあいだ雨という雨に一度も打たれることなく、タンザニアまでやってきました。

雨季や乾季のような、はっきりと天候が変動する概念のない国で育った私にとって、雨が何ヶ月も降らないことは初めのうちはとても違和感がありました。しかし、来る日も来る日も疑う余地なく「晴れ」だと、天気を気にする感覚すらなくなってきます。朝は結露することのない乾いたテントで目覚め、日中は一日中強い日差しを浴び、夜は屋根の有無に関係なく野宿をする。このルーティーンが当たり前になっていた旅にも、ついに変化が訪れました。

その日の朝はいつも通り晴れていたのですが、午後から急に分厚い雲が空を覆い始め、道の先に今にも雨が降り出しそうな黒い雨雲が発生しているのが見えました。その怪しい雲行きを眺めていると、どこからか人々の歌声と太鼓の音が聞こえてきて、その声は私たちにどんどん近づいてきます。
直線道路の上をゆっくりと歌って踊りながら歩いてきた団体は、ほとんどが背中に赤ちゃんを背負ったお母さんたちで成り立っており、もうすぐタンザニアで行われる選挙のための活動を行っているとのことでした。生活のなかに音楽が自然と馴染んでいるのは、アフリカならではです。その時は思わずこれから私たちの元にやってくるであろう嵐のことも忘れて、彼らの素晴らしい歌声に聞き入っていました。

彼らが去った赤土の道を自転車で1kmほど漕ぐと、エリオットが路上に何かを発見しました。それは砂の色にカモフラージュされた小さなカメレオンで、ちょうど道を横切っているところでした。


カメレオンは一歩踏み出しては体を前後に揺らし、それから何かを確認するようにきょろきょろしながら慎重な動きでまた次の一歩を踏み出します。これまで野生のカメレオンの動きを間近で見る機会などなかったので知らなかったのですが、なんとスローで奇妙なことか。あまりに動きが遅いので、このまま車やバイクに轢かれてしまうと心配したエリオットが、道の脇にカメレオンを移動させました。
私たちが地面に這うようにしてこの不思議な生き物に夢中になっている間、周りにいた地元の青年たちはカメレオンではなく、カメレオンを観察する私たちに好奇の目を向けていました。彼らにとっては魅惑の小さな生き物より、自転車に乗った外国人のほうがよほど興味深かったのでしょう。

たった一本の道で思いがけない出会いをいくつか経験したあと、持ち堪えていた6ヶ月ぶりの雨がやっと降り出しました。雨が降って気持ちが高揚するなんて、普段の生活ではなかなかありません。私たちは雲の様子からスコールのような強い雨が来るのではないかと予想していたのですが、意外にもしとしとと降り続く雨だったので、雨宿りすることなくそのまま漕ぎ続けました。

辺りが雨に濡れて潤うと、同じ風景でも違って見えてきます。森の緑は急に鮮やかさが増したように青々とし、乾燥した土の道にも濁った水たまりが。ここにきてやっと、必要かどうか迷っていたタイヤの泥除けを付けておいてよかったと実感しました。そして、雨に濡れたダートは、乾燥したダートよりもずいぶん漕ぎにくいことを知りました。

雨天でのサイクリング初心者の私たちを手加減するように、雨は20分ほどですんなり止みました。すると雨が止むのを待っていたのでしょうか、学校を終えた子供たちが一斉に道へ出てきました。彼らは私たちのことが気になって仕方ないのだけどどうしたらいいのか分からない様子で、とにかくきゃっきゃと無邪気にはしゃぎ回っていました。

この日移動した距離はとても短かったように思いますが、この短距離にマジカルな時間がぎゅっと詰まっていました。乾季から雨季へ。旅は少しずつだけど着実に、また新たなステージへと移り変わっているようでした。