アフリカを旅していると、エコロッジやエコキャンプサイトと書かれた看板をたまに見かけます。それは近年関心が高まっているエコツーリズムを取り入れ、観光を通じて環境保全や持続可能性への理解を高めようとする取り組みが行われてる宿のことです。
私たちはそういった宿がいったいどんな活動を行っていて、どんな可能性を秘めているのかとても興味があり、実際にいくつかのエコロッジでボランティアとして長期滞在をしました。オーガニックファーム、砂漠に木を植えるプロジェクト、エネルギーの消費を抑えるシステム…。ただその言葉だけ聞くとどれも響きがいいのですが、現にそれが上手く機能している宿はひとつもありませんでした。

現実は “エコ”という名ばかりなのか…と半分諦めかけていた私とエリオット。しかしそれでもどうしても行きたいエコロッジが、マラウィ北部に一軒ありました。その宿は「The Mushroom Farm」という宿らしからぬ名前で、アメリカ人の若い姉弟が経営しているのだと聞きました。マラウィを旅中、何度この宿の名前を旅人から耳にしたことか。その評判の真相は、自分で行ってみないと分かりません。

「The Mushroom Farm」は、マラウィ湖沿いの国道から西へ10kmの山道を登った先にあります。たかが10kmと甘く見て登りだした山道は、ひどく凸凹で傾斜がきつく、大きな石がごろごろ転がっているためまったくペダルを踏むことができません。エリオットは少し漕いでは止まってを繰り返しながら何とか進んでいましたが、私は押すことだけに専念することにしました。
照りつける強い日差しのなか、重い自転車を全体重かけて半歩ずつ進む地道な道のりは、本当に気が遠くなりそうで、果たして今日中に宿へ辿り着けるのかという気さえしてきました。あまりのしんどさに登り始めてまだ1kmの地点で音を上げそうになっていたとき、後ろから地元のおじさんが徒歩でてくてくとやってきました。

笑顔の優しいおじさんは、健康のために10km先の村までいつも歩いているんだと言い、それから何も言わぬまま私の自転車の後ろを一緒に押し始めました。100mほど進んだところで「本当にありがとう。もう大丈夫だよ」。と私が告げても、おじさんはただ笑顔で引き続き自転車を押してくれます。
それから何度も「無理しないでね。」などと声をかけましたが、おじさんは私とエリオットの自転車を交互に押し続け、汗だくになりながらなんと宿に着くまで手助けをしてくれました。おじさんの助けによって体の辛さは半減し、何とか3時間ほどで到着することができました。自力で登っていたら、きっと夜になっていたことでしょう。こんなに優しい人がいるものかと心から感激し、ただただ感謝の気持ちを伝えておじさんとお別れしました。


へとへとになってようやく到着した「The Mushroom Farm」は、噂に聞いていたとおり、素晴らしいロケーションにありました。山の傾斜に建てられた宿からは山の下の街を一望でき、そこにテントを張ってゆったりすることができます。その景色を見れただけでも登ってきた甲斐があったのですが、疲れ果てた表情の私たちをすぐに宿のスタッフがあたたかく迎えてくれ、一瞬でその場に馴染むことができました。


夜ご飯のメニューは毎日日替わりのベジタリアンのワンプレートメニュー1種類のみで、希望者は昼過ぎまでにオーダーし、必要な分だけをシェフが準備します。ここでの料理の何が嬉しかったかというと、生野菜のサラダが付いてくること! アフリカではサラダを食べる文化がなく、また質の低い農薬を使っていることが多いため、生野菜を食べられる機会はなかなかありません。そのため、宿のガーデンで採れた新鮮な有機野菜の山盛りサラダは、ここマラウィでは贅沢そのものでした。


宿のトイレは水を使わないコンポストトイレで、シャワーのお湯は太陽光によって温められているので、日中に浴びるとあつあつのシャワーが浴びられます。このような普段使い慣れないシステムでも、デザイン性の高い清潔な空間に作り込まれているため、誰でも快適に使用することができるように管理されていました。

あとひとつ、「The Mushroom Farm」で私たちが強く感じたのは、宿のオーナーと地元スタッフのフラットな関係性です。村からここへ働きにきているスタッフは、皆んな和気藹々と楽しそうで、それなりの責任感をもって働いているように見えました。また、宿には地域の女性たちが作ったセンスのいいクラフトが販売されていて、オーナーはその指導やオーガナイズも行っているとのことでした。


私より少し年上の女性のオーナーは、マラウィでビジネスをすることの難しさやこれまでの葛藤についても話してくれました。その話しぶりから、ビジネスの経済的な成功よりも地域や現地の人を大切にしながら、小規模でも持続可能なやり方で実践していることが伝わってきました。それを具現化するにはあらゆる困難があったに違いありませんが、こういった本当の意味でのエコツーリズムが各地で行われれば、現地の人々の意識も変わり、自然環境にもいい影響が与えられるのではないかと素直に感じることができました。

マッシュルームファームでの時間とそこで出会った人々からとてもいい刺激を受け、辛かった行きの道のりとは真逆の晴れ晴れとした気持ちでまた路上に戻りました。その日は雲ひとつない晴天で、行きには気付かなかった海のように広大なマラウィ湖を眺めながら、長かったマラウィでの旅の記憶を反芻して坂道を下っていきました。