「豊かな自然に触れたい」。目に見えて森林伐採が進んでいる光景を毎日目の当たりにしながら旅を続けていると、この気持ちがどんどん膨らんでいくのを感じていました。森林破壊は、アフリカだけでなく世界各地で深刻化している問題ですが、当時はこのままではもう楽しく旅を続けられないのではないかと思うほど、気分が沈んでしまっていました。たとえその場しのぎだとしても、この鬱屈した気持ちをリフレッシュしてくれる場所はないのか…そう思っていたとき、“ムランジェ山森林保護区”がマラウィ南部にあることを知ったのです。

ムランジェ山はマラウィの最南に位置しており、北へと向かっている私たちにとってはかなりの回り道となる場所にありました。しかし保護区となっているだけあって山には村が存在せず、標高はなんと3,000mもある大きな山でした。「行くしかない!」と即座に思った直感を信じ、私たちは2週間の回り道をすることに決めました。

自転車旅を始めてから4ヶ月間、片時も離れたことがなかった自転車を山のふもとのゲストハウスに預かってもらい、3泊4日のトレッキングのスタートです。ムランジェ山のありがたいところは、その他のアフリカの山に比べると格別に入山料が手頃で、ガイドの有無が自由なことです。私たちはゲストハウスからもっとも近かった傾斜のきついルートを選び、一気に標高を上げていきました。


久しぶりのトレッキングは新鮮で純粋に楽しく、わざわざ来て良かったなとすでに感じました。始めの数時間のきつい登り坂を終えると不意に周りの景色が開け、ダイナミックな山々が現れました。ごつごつとしていて、とてもかっこいい山です。そこには、人で溢れる開拓された地上の土地とは別世界が広がっていました。

登山客にすれ違うことなく初日を終え、その晩は誰もいない山小屋のデッキにテントを張ることにしました。旅中、毎晩テントで寝起きしているせいか、テントを張らないとやけに落ち着かないのです。そのあと太陽が沈み出すと気温は一気に下がり、薄手のダウンジャケットが大活躍してくれました。

トレッキング、2日目。さらに山の奥へいけば、もっと豊かな自然に触れることができる…そう信じていた私たちの期待は、思いも寄らない状況を目の前に打ち砕かれてしまいました。トレイルを歩いていると、森林保護区とは信じがたい木を伐採するチェーンソーの音が聞こえてきたのです。そしてその後、私たちの前を通り過ぎていったのは、巨大な木の板を運んでいく人々の列でした。

村から片道6時間も歩いて彼らが運んでいるのは、ムランジェシダーと呼ばれるこの山の固有種です。ムランジェシダーは標高が高いこの地域でしか育たず、質がいいため高値で売り買いされるそうです。トレイルに放置されていた太い杉の板は持ち上げることさえできないほど重く、それを彼らは何時間も裸足で担ぎ、険しい山道を往復していきます。この日は何十人もの人が木を運んでいるのを見かけましたが、その中には10歳ほどの少年もおり、本当にいたたまれない気持ちになりました。これほど重労働で違法な仕事をしなければならないほど、彼らの生活が追い詰められていることは、必死の表情をした彼らの様子から十分伝わってきました。


それからさらに衝撃的だったのは、目で見てはっきり分かるほどの森林が山から消えてなくなっていることでした。その光景は非常に残念なことに、「豊かな自然」とは大きくかけ離れたものでした。

森林がこれほどまでに減少した理由には、伐採以外に山火事の増加が上げられます。実際に2日目の夜、山小屋からは遠くの方でいくつかの火が上がっているのが見えました。その火災の原因が動物を狩猟するための人為的なものだったのか、自然火災だったのかは不明ですが、ムランジェ山での体験が私たちに多大なるショックを与えたのは確かでした。

下山してから読んだ記事によると、ムランジェシダーはここ10年間で急激に減少し、今ではほぼ絶滅状態であると書かれていました。これほどの短期間で、唯一無二といえる貴重な生態系と人々の生活を支える自然が失われたこと、そしてその絶滅の一瞬を目撃したこと。トレッキングから戻ってきた私たちは、リフレッシュするどころか、しばらくの間悶々とした気持ちを抑えることができずにいました。森林保護区でさえそのような悲惨な状況だったことが、とても辛かったのです。

しかし今改めてこの経験を振り返ってみると、やっぱりムランジェ山へわざわざ足を運んで、現状を自分の目で見ることができて良かったと心から思います。知ろうとしなければ、意識しなければ、変えられる状況も何も変わりません。ムランジェ山で起こっていることは、今世界で起こっているあらゆる事象の中のたった1つの例であり、それを知ることで、次の一歩へ進めるのだと思っています。いつかまたムランジェ山を訪れる機会が来るその日まで、この経験を心に留めておきたいです。