人が生み出した“国境”という架空のラインに比べ、海や山などの地形によって生み出された目に見えるラインは、時に国境よりも強い線引きを感じることがよくあります。例えば、中央アジアのタジキスタンで標高4,400mの険しい山岳を自転車で越えたとき、山の手前は中東系のはっきりとした顔立ちの人々だったのに対し、山の向こう側はアジア系の私と似たり寄ったりな外見で言語さえ変化したことに、強い驚きを感じたことを覚えています。
今となっては、車が通れる道や橋、船、飛行機などの様々な交通機関が発達し、険しい地形でもまったく困難を感じず簡単に行き来できるようになりました。しかし、長年の隔たりの名残というものは今でもあらゆる所に残っているもので、陸路でゆっくりと旅をするとその細かな違いにはっと気付かされます。北海道の函館から、本州の青森市へはフェリーで3時間40分。たとえ同じ国内であっても、海の隔たりが生み出した異国情緒を感じます。
夕方青森港に到着し、晩御飯の買い出しをして15kmほど離れた無料キャンプ場へ。気づけば辺りはすっかり真っ暗になってしまい、市内に近いとはいえキャンプ場の周りは墓地と森の茂みで鬱蒼としていたものの、もう北海道のようにヒグマを警戒せずに済むと気を抜いていました。しかし、翌朝明るくなってみるとキャンプ場周辺でのクマ出没注意の看板が大きく掲げられているのを発見。本州でも、クマたちの活動は健在のようです。
さて、私たちの本州南下ルートの最初の通過点は、紅葉シーズンの八甲田山です。前日雨と霧がかった天気とは一転、山越えには最高の快晴でした。
緩やかなぐねぐねとした上り坂は、漕ぐと少し汗ばむくらいのちょうどいい気候で、まったく苦になりません。ですが紅葉シーズンとあって、片側一車線の道路は観光の車がひっきりなしに私たちの横を通過していきます。いくら紅葉が目の奪われるような美しさでも、あまりうかうかしていられないのはちょっと残念でした。観光目的の旅ではないのなら、オフシーズンが私たちにとっての狙いめのシーズンなのでしょう。
頂上の笠松峠を越えると車通りが急に減り、1時間弱続く長い下り坂が始まります。あったかい季節の長い下り坂は最高に気持ちがいいものですが、肌寒くなってくると冷たい風に体温を奪われて寒さとの戦いになっていきます。それでもやっぱり、このすばやく風を切って走る爽快感があるからこそ、山での走行はやめられません。
青森に入ってまず気付いたことは、伝統的な日本建築物が至るところにあるということでした。北海道の田舎では幅の広い道に家や建物が点在しており、建築も雪に適応するそれなりに新しい建物が多かったのが印象的だったのですが、青森では趣のある日本建築の家屋がよく目に入ってくるようになりました。これまで当たり前の風景の一部として見過ごしてしまっていた日本建築。世界の様々な様式の建築を見てきた今改めて、この日本らしい風景を後世へ残したいと思いました。
さらなる観光客の波が押し寄せる奥入瀬渓流沿いの道をさらに奥へ進むと、静寂に包まれた十和田湖に到着しました。湖を囲むカラフルな木々が夕日のオレンジ色に照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出しています。1日の終わりにこういった場所にたどり着くと、落ち着いた気持ちでその日を反芻することができます。翌朝は友人のカヌーを借りて、湖の奥の入江までショートトリップさせてもらいました。湖のゆるやかな波が何とも心地よく、ずっと揺られていたい衝動に駆られました。
2018年の年末に北海道〜東北〜関東の旅を終えた私たちは、現在また青森に戻ってきています。というのも、旅中立ち寄った青森在住の友人夫婦の古民家を、カフェと物販のお店にリノベーションすることになったからです。
友人夫婦の淹れる珈琲はすべて炭火で自家焙煎されており、建物内には香ばしい香りがいつも漂っています。彼らのこだわりをどう空間に組み込み、日本建築の良さをいかに活かすか。デザイナーの感覚を取り戻しながら、日々奮闘中です。
今回使ったアイテム
ジャケット:UV jkt (woman)、パンツ:culottes、タイツ:comfort tights (woman)、グローブ:trail wool glove