最初にフェリーで降り立った瞬間はちょっぴり異国感さえ感じていた北海道ですが、不思議なもので3ヶ月も滞在すればすっかり親しみがわき、定着すればするほど人との繋がりが広がっていくのを感じます。今回、特に多くの人と出会えた理由は、各地でトークライブを開催させていただいたおかげでした。
長旅から帰ってきて以来、学校、お店、ギャラリーなど様々な場所で企画しているトークライブでは、私たちが過去3年間の自転車旅で学んだことや考えたことを沢山の人と共有できると同時に、地元の人たちと旅の通りすがり以上の関係を築くことができたのが何よりもの財産です。
縁が縁を呼びながら計7回のトークライブを北海道各地で終え、気づけば辺りは秋模様。季節の移り変わりと平行するようにして、本州へ向かって漕いでいくことにしました。
山道や森のなかでのキャンプを好む私たちですが、たまに海辺の広々とした空間で夕日を眺めながら夕食を作っていると、これはこれでいいなぁと思います。
そう趣に浸っていたとき、どこからか聞こえてきた町内放送で「本日の夕方、村でヒグマが目撃されました。くれぐれもご注意ください。」というアナウンスが繰り返され、思わず辺りをきょろきょろと見回しました。
幸い、その晩私たちの寝床にヒグマが姿を現すことなく、その日は北海道最後のアドベンチャーと題して、ネット上にもほとんど情報のない林道を通っての山越えを試みることにしました。目的の林道へと続く道は、本当にこの道で合っているのかと疑うほど細く、人の気配がありません。しかし透き通った小川と紅葉を見るなり、先がどうなっているのか知りたい欲求に駆られ、自然とペダルを漕ぐ足に力が入ります。
色づきを増す美しい風景とは裏腹に雲行きが怪しく、ぽつぽつと雨の感触が。そして道は進めば進むほど車1台ぎりぎり通れるほどの狭さになってきました。周囲の森の茂みは深く、見晴らしはよくありません。例年になくヒグマが出没しているというこの地域の前情報と、昨晩の町内放送が頭の中で反芻され、カーブを曲がるたびに緊張感が高まります。
それから長く緩やかな上り坂がしばらく続いた後、急に辺りが開けた場所に出ました。そこはトイレと水場がある簡易的な無料キャンプサイトで、開けた空間というだけで一気に緊張の糸が解れていきました。
しかしそうこうしているうちに本格的に雨が降り出し、まだ昼過ぎだというのに夕暮れ時のように薄暗く、おまけに風も伴って急に冷え込んできたため、その日はそこで一晩を明かすことにしました。真っ暗な夜のテントの中では、ただただ風と雨の音だけが鳴り響き、寝袋にくるまれながらどうか明日は晴れますようにと願うばかりでした。
そんな私たちの想いが通じたのか、翌朝は素晴らしい快晴!どんよりとした天気と同調していた鬱屈とした気持ちも一気に晴れ渡っていきます。前日は雲に覆われていた周辺の山が顔を出し、キャンプサイトからの景観もまったく違う印象です。
今日は、前日辿り着けなかった林道へ向かってさらに山の奥へと進むことに。キャンプサイトまではカーブを繰り返す山道だったのが、キャンプサイト以降は高原になっているようで、山奥にもかかわらず平坦でまっすぐな道を軽快に漕げるのは不思議な感覚でした。
雨に濡れたアスファルトとカラフルな葉っぱに太陽が反射して、キラキラきらめいています。前日が不天候だったからこそ、太陽のあたたかみがとても身に沁みます。気づけばヒグマへの恐怖心もすっかり消え去り、無心でサイクリングを楽しんでいました。
さて、やっと到着したお目当ての林道はというと…。ある程度予想はしていましたが、長年使われている様子はなく道路上には草木が生い茂り、残念ながら通行止めになっていました。その行き止まりとなった地点からは、道中見えていた大きな山の頂上へと続く登山道が始まっているようで、いつかこの手付かずに近い山をまた探求しに来ようという気にさせてくれました。
たとえ目的だった場所へ辿り着かずとも、そこまでの過程が良ければすべて良し。そう思わせてくれる経験があるたび、自転車の旅の醍醐味のほとんどは目的地ではなく、そこまでの道中にあるのだなと再確認するのでした。
今回使ったアイテム
リュックサック:tatra 20、SABRE 30、ジャケット:beaufort 3L jkt (unisex)、パンツ:journey summer pants、キュロット:culottes