ブルガリア、マケドニア、アルバニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、クロアチアというルートで、回り道をしながら存分に満喫してきたバルカン半島の旅ですが、ついにバルカン半島ラストの国であるスロベニアに到着しました。またスロベニアは、この自転車旅で訪れる第1カ国目のEU加盟国であり、しっかりとした門構えのある国境で「スロベニアには何の目的で来ましたか?」と今までになかった典型的な質問を受け、妙に緊張したのを覚えています。そして、エリオットの生まれ故郷であるイギリスまであともう少し!と感じた瞬間でもありました。

まず最初に向かった首都のリュブリャナは、これぞヨーロッパというような洗練された美しい街並みにもかかわらず、自転車で端から端まで楽に行き来ができるほどこじんまりとした心地よさがあり、すぐに気に入りました。ここでの滞在中は、現地のカップルやシェアハウスをしている若者の家に泊めてもらい、アートを見に行ったり、公園でスラックラインをしたり、夜は無料の野外コンサートへ出かけたりと、久しぶりの都会的な娯楽を楽しみ、懐かしいヨーロッパの風をひしひしと感じました。

短い滞在の中でたくさんの人と出会い、また会いたいと思える友達が現地に出来ただけでもスロベニアに来て良かったなと思うのですが、スロベニアの人々いわく、この国の良さはまだこの先にあるとのこと。首都から100kmほどの離れた自然豊かなトリグラウ国立公園を目指し、束の間の快適な都会生活にお別れを告げます。

当たり前かもしれませんが、雨風を凌げる帰る家があることは、人にとって安心感をもたらす一つの大事な要素だと思います。しかし自転車の旅では、日常的にその晩の寝床をその日に見つけなくてはならず、寝床探しに難航したり天気が悪くなったりすると、不安で惨めになることがあります。ですがその逆もあり、その日偶然見つけた最高の場所で1日の終わりを過ごすときの幸福感は何とも言えない特別感があり、そしてその記憶はその先もずっと残り続けるものになります。誰にも見つからない、清らかな川の横でこっそりテントを張ったスロベニアでのこの日も、そんな思い出深い1日でした。

贅沢な野宿や現地の人に泊めてもらいながら、数日後に目的のトリグラウ国立公園に到着した私たちは、おすすめされた7つの湖を巡る3泊4日のトレッキングへ出掛けることに。南部アフリカぶりのトレッキングにワクワクしながら、日数分の食糧を買い込み、いざ出発。

心地よい気候と快晴のなか、徒歩のスピードで眺める自然を満喫しました。スロベニアは国土の半分が森林で、カルスト地形の地下水流があるというだけあり、川と湖の水が本当に美しく、見ているだけで心が洗われます。また、3000m以下でも迫力満点のトリグラウ山とそれを取り囲む緑豊かな森は本当に絵に描いたように美しく、トレッキングというよりも散歩に近い感覚で山小屋まで辿り着きました。

人から聞いたりネットで調べた情報だと、キャンプは山小屋の横でなら可能とのことだったのでこのトレッキングを選んだのですが、到着してみると今は小屋での宿泊しかできないと告げられました。日本と同様、ヨーロッパの国立公園内の山小屋宿泊費はとても高価です。ベッドと食事も付いて至れり尽くせりではありますが、それは私たちが今回求めているものではありませんでした。旅を始めてから1年以上ものあいだ、厳格なルールのある自然(国立公園)から遠くかけ離れたスタイルで自然を楽しんできたので、少し面を喰らってしまいました。

実際、南・東アフリカの各地でルールがあっても全く守られていない国立公園や熱帯雨林が破壊されている様子を目の当たりにしてきたため、規律がなければこの美しい自然を保つことが難しいのは理解しています。(一部アフリカでは娯楽が原因ではなく、生活のための森林伐採や人口爆発が主な原因でしたが)
しかし、国立公園を一種のエンターテイメントとして捉えるのではなく、山を訪れるそれぞれ一人一人が責任を持って自然に寄り添うことができれば、ルールに囚われることなく、自由な自然の楽しみ方ができるようになるのではないかと、理想を思い描かずにはいられませんでした。

キャンプが出来ないなら仕方がないと、3泊する予定だったトレッキングを1泊で切り上げ、また普段の自転車の生活に戻った午後。キャンプ地を探しながら森の中を走行していると、突如凄まじい雷雨に見舞われました。びしょ濡れになりながら無我夢中でペダルを漕ぎ、森を抜けた先に運良く一軒家を見つけました。その晩は結局、その家の横にある馬小屋の2階にテントを張らせてもらい、馬の息遣いと藁に囲まれて就寝することに。何事も予定どおりにはいかず、自分たちの予想もしなかった場所で眠りにつく。そういった予想外の出来事をいかに対処し、どれだけ楽しめるかによって、旅の充実さが変わってくるように思います。

夜中まで続いた嵐が去った翌朝は、また清々しい真っ青な青空が戻ってきていました。今日はイタリアの国境へ向け、トリグラウ国立公園を縦断する道を山越えします。両サイドが白い岩肌のダイナミックな山脈に囲まれた道は自転車を漕いでるだけで気持ちがよく、峠への急坂も苦にならないほどでした。
1日、1日がとても印象深かったスロベニアの旅。旧友を訪ねるような感覚で、また戻りたい国のひとつです。