長野県側の南アルプスに位置する標高3033mの仙丈ヶ岳。その頂上直下に、一軒の山小屋がぽつんと建っています。それが今年の6月と7月の2ヶ月間、私たちが仕事をしながら生活をした山小屋、仙丈小屋です。3年前も、単身でこの小屋に働きにきた私にとっては馴染みの小屋ですが、またご縁をいただき、今回はエリオットも一緒に小屋入りすることになりました。小屋の営業開始は毎年6月半ばなので、オープンの準備をするため一般の登山客の皆さんより一足早い上山です。

6月初旬の南アルプスの山は標高2000mの登山口で、すでに肌寒く、5合目の大滝の頭を越えた辺りからちらほら雪渓を見かけるようになりました。それから樹林帯を抜け、稜線近くに達すると、登山道の至る所に雪渓が。しっかり足で雪を固めながら慎重に歩く必要があり、また久しぶりの重い荷物を背負っての登山と、長らく感じていなかった酸素の薄さからか、これでもかというぐらい息が上がる私をよそに、エリオットは軽やかな足取りで会話をしながら登っていました。

今回、2ヶ月分の生活用具を詰め込んだkarrimorの大型バックパック〈cougar 55-75〉は、サイドに施されたストラップのおかげでサイズ調整がとてもしやすく、いっぱい詰め込む場合にも、あまり詰め込みすぎない場合にも順応性があり、このバックパックひとつで色んな使い道ができました。それから体にとてもフィットする背面のデザインと、クッションがしっかり付いた腰回りの設計のおかげで、バックパックの重さの負担がかなり軽減され、肩が痛くなることはありませんでした。


3年ぶりに到着した仙丈小屋は、記憶どおり最高のロケーションにあり、早速美しい夕焼けが私たちを出迎えてくれました。小屋から見えるピンク色に染まる馬の背と甲斐駒ヶ岳は、ここに宿泊してゆっくり眺める価値のある素晴らしい光景です。まだ登山客のいないこの時期に、この景色を独り占めできるのは、ここで仕事をする特権と言っていいでしょう。

小屋明け前のもっとも重要な任務というと、やはりヘリコプターによる荷揚げです。この荷揚げが順調に執り行われないと、あらゆる物資が小屋に届かないことになり、食糧などは歩荷(荷物を背負って山を登ること)しなければならなくなります。しかし、ヘリコプターが無事来てくれるかどうかは、天候とスケジュール次第なので、まさに運頼み。快晴だと思っても、一瞬にして霧が立ち込めて辺りが真っ白になってしまう山では、絶妙なタイミングを狙う必要があります。今シーズン初の荷揚げは無事予定日に行われ、スタッフ一同ほっと一息ついたのでした。それにしても、ヘリコプターの操縦士さんのテクニックはいつも目を見張るものがあります!

今年は通常の小屋業務と同時に、エリオットには彼のスキルを生かした大工仕事をしてもらいたいと頼まれており、エリオットは外で作業をする日がほとんどでした。梅雨時期だったこともあり、大雨や強風の日も多く、そんな天気の合間を縫って外壁の再建築を進めていきました。時には濃い霧で数メートル先が見えなかったり、登山客に応援の声をかけてもらったりと、普段とは違う特殊な場所での作業でしたが、ふと見上げると広がる絶景のなかでの大工仕事は、誰もが羨む極上の仕事場のようにも思えました。

山小屋では物資も、工具も、材料も、すべてにおいて限りがあり、またすぐに必要なものが手に入る環境ではないので、「あるものでどうにかしよう」という精神が自然と芽生えます。他の人と力を合わせてこそ出来ることがあったり、限られた材料のなかでも知恵と工夫で驚くほど美味しいものや良いものができると、それだけで何とも言えない満足感を得ることができるのです。

山小屋で暮らしていると、世界がそこだけで完結しているような感覚に陥ることがあります。その感覚は自分たちが開拓している森の中で暮らしている時と同じで、目立った人工物が周りに何もなく、360度自然に囲まれている環境がそう感じさせる理由なのかなと思います。とてもシンプルで、目の前のことに専念し、その瞬間を出来る限り楽しむ生活が、どうやら私たちはどこにいても好きなようです。毎日見る景色は変わらずとも、天候や季節の移り変わりによってまったく異なる風景を見せてくれる自然は、いつも私たちを驚かせ、楽しませてくれます。

私たちの下山時期が近づく頃には、小屋近辺で暮らす雷鳥の雛たちもだいぶ大きくなっていました。これから冬が来て、山に人がほとんど訪れなくなっても、この雷鳥たちは羽毛を雪と同じ白色に変えて自らの身を守り、厳しい季節をじっと乗り越えるのかと思うと、本当にたくましいなと尊敬する気持ちになります。
家族のように親しくなる共に働いたスタッフ、ご近所さんのようにあたたかい近隣の山小屋の人々、周りで生きる動物や見慣れた植物、そして登り慣れたトレイルと、標高2890mから眺めた親しみ深い風景。仙丈ヶ岳は、私たちにとって単なる美しい高い山ではなく、様々な思いの詰まった、また帰りたい場所の一つになりました。お世話になった皆さん、ありがとうございました!そしてまだ訪れたことのない方は、ぜひ仙丈小屋へ。