「ヨーロッパ最後の秘境」なんて大それた見出しを付けてしまいましたが、そう呼ばれるに相応しい場所がモンテネグロには存在しています。モンテネグロ北部にあるドゥルミトル国立公園は、かつてヨーロッパの大部分を覆っていた原生林がまだ残る、唯一無二の国立公園です。自転車旅のなかでヨーロッパ各地の様々な山脈を越えてきましたが、この山ほど感動した山はありません。今回は、そんなドゥルミトル国立公園の魅力を少しでもお伝えできたらと思います。

モンテネグロは、「どこを走っていても飽きがこないほど美しい」と前回の記事でも書きましたが、ドゥルミトル山へ近づくにつれ、その美しさはさらに増していきました。遥か遠くまで見渡せる見晴らしのいい道には、赤い屋根の小屋がぽつぽつと並び、走っていて楽しい緩やかなカーブが続きます。

その後、突如として現れたのは「ドゥルミトル国立公園」と手書きで書かれた素朴な看板と、その背景に広がるダイナミックな風景!あまりの素晴らしさに、普段はめったに撮らないツーショット写真を撮るほど、はしゃいでしまいました。

ドゥルミトル山の魅力は、まだまだこれからが本番。山脈には、尾根付近を通り抜けることができるアスファルトの道が整備されており、まるでトレッキングをして山頂から眺めたような壮大な風景をサイクリングをしながら楽しめます。これまでの経験からすると、その光景に辿り着くには何時間、時には何日も登り坂を登る必要があったり、あるいは下り坂がすぐに始まって標高の高い景色をあまり満喫できなかったりするのですが、ドゥルミトル山は緩やかに標高を上げて登ってきたせいか、まったく疲れのない状態でその地点に辿り着き、尚且つ丸一日この起伏に富んだ道を堪能できるのです。

過去にも、目を疑うほど美しい山脈を自転車で走ることはありましたが、ドゥルミトル山は2000m級のあまり高くない山脈にもかかわらず、高山のように美しいというのが特徴的です。また、観光地としてもまだ有名ではないので車がほとんど通らず、ヨーロッパでこの景色を独り占めできるのは奇跡といっていいでしょう。

この絵のような世界のなかに溶け込んで、清々しい空気を吸い、心地よい風を感じながら自転車を無心で漕いでいると、自然と笑顔がこぼれている自分がいました。夢心地とは、まさにこのことです。

青々とした緑と、岩石の白、そして湖のエメラルドグリーンのコントラストが美しいドゥルミトル山ですが、他にも見所があります。中でも地殻変動によって褶曲した地層はとても珍しく、何億年もの歳月の間にプレートがぶつかり合い、不思議な模様を生み出したと頭では理解しても、体感するにはあまりにもスケールが大きく、ただただ見惚れるばかりでした。

距離としては30km程度の道を存分に時間をかけて走行し、気付けば山を下ってキャンプ地を探さなければならない時間になっていました。体力がまだ十分に残っていて、通り抜けてしまうのが名残惜しくなる山というのはそうそうありません。次はトレッキングもしたいなと思いながら、下り坂へ突入していきました。

ヨーロッパで最も深いタラ渓谷への下りは、登りの緩やかな上昇とは打って変わり、一気に標高を下げる急坂。上から見た様子は一見よくあるスイッチバックの道のようでしたが、実際はこれまた類のない驚きの道でした。

海外を自転車で走行してつくづく感じたのは、トンネルは世界にはそんなに沢山あるものではないということ。特に発展途上国には、山岳地帯にとても長いトンネルが何個かあるだけで、トンネルを走行する機会はめったにありませんでした。しかしここで、何十個ものトンネルを潜り抜けることになろうとは。ただ岩石を掘り出しただけのいくつもの短い岩のトンネルはスリルがありつつ、コンクリートで固められていないので自然の造形に沿ったままの形が美しく、照明もない神秘的な空間がそこにはありました。

眼下に見えてきたタラ川は透き通った真っ青な色で、なんて最後の最後まで楽しませてくれるのだろうと、感激の思いでいっぱいでした。何ヶ月分もの壮観な風景をたったの1日で体験させてくれたドゥルミトル国立公園。こういった素晴らしい自然を目の当たりにするたび、どうか出来るだけ長く後世へ残っていてほしいと願わずにはいられません。そしてまた長い長い歳月をかけて、さらなる造形美を生み出してくれることを祈っています。
※2016年4月にフィールドに訪れた際の記事となります。