この山で暮らすために、家を建てよう、畑を始めようと思ったとき、まず初めにしなければならないことは、その場所を真っ新な状態に戻すことでした。もしその土地がすでに更地であったり、少し雑草が生えている程度ならば、その後のイメージが湧きやすいかと思いますが、私たちの土地の場合は、どこから足を踏み入れていいか分からないほど。ゼロの状態にたどり着くまでに、多大なステップを踏む必要がありました。

私たちの身長を遥かに越える長い笹、それに複雑に絡みつく蔓、そして何十年もの時を経て自生した樹木。人が手を加えるのをやめて長年放置された土地は、驚くほど自然に占拠されており、お世辞にも心地がいいとは言えないような、私たち人間を寄せ付けない空気を漂わせていました。

植物の成長が止まる冬は、ジャングル化した土地と向き合うのに最適な季節です。足を止めると一気に体が冷えるので、常に体を動かしながら、少しずつ、少しずつ、森を切り拓いていきます。開拓作業を始めて知ったのは、笹は刈れば刈るほど先へ進める達成感があるのに対し、木の伐採は切れば切るほど混沌とすることでした。折り重なった倒木を目の前にすると、どこからどう手を付けるべきかと困惑してしまいがちでしたが、とにかく頭で考えるより手を動かすこと、そう信じて地道な作業を続けました。

太い枝はチェーンソーで枝打ちし、そこから丸太と細かい枝をさらにカット。それから薪にする丸太と材として使う丸太、粉砕して活用できる枝や笹と野焼きする蔓…と後の使い道によって分類していきます。この作業が本当に果てしなく、後処理と掃除がこんなにも大変で労力を使う作業だとは、やってみないと分からなかったことです。

これまで平坦なのか斜面なのかも未知だった土地が、数ヶ月かけて切り拓かれ、全貌が見えたときの感動は何にも代え難いものでした。思いがけない広い平坦地が現れたり、立派な石垣があったり、自然につくられた小川があったりと、草木で覆われていては把握できなかった発見がたくさんあり、全体を見渡すことで様々なアイデアも溢れ出してきました。

日当たりのいい谷には果樹と野菜を植えて、小屋は見晴らしがよく木漏れ日が降り注ぐこの辺り。ゲストが泊まれる場所や、イベントができるスペースなど、まだ原点に立ったばかりなのにワクワクする想像が膨らむばかりです。途中心が折れかけて、伐採後の片付けを後回しにしようと思ったこともありましたが、挫けずに今年の冬に出来るところまでやって良かったと心から感じた瞬間です。

人は本能的に、自然のなかに身を置くと安らぎを感じるものだと思っていましたが、自然であればどんな自然でもいいかというと、そうではないように感じます。例えば、光の入らない鬱蒼とした森は幻想的であっても安心感はなく、また藪の生い茂った動きづらい場所は探究心は生まれても圧迫感を感じてしまいます。私たちの手の加え方次第で、自然のサイクルよりも短い期間で森を健康な状態へ戻すことも、不健康な状態にしてしまうことも出来ることを忘れてはいけません。

開拓スタートから5ヶ月が経ち、ゼロに戻していく作業からプラスに付け足していく段階へとやっと行き着くことができました。

まずは新たにアクセスできるようになったルートを歩きやすくするために、ハシゴや橋を制作。材料さえ身の回りにあれば、ものの30分ほどでできてしまう簡単な造作物があるだけで、暮らしやすさが全然違ってくるのは驚きです。

そしてどこがぬかるんでいてどこが乾燥しているのか不明だった地面があらわになったことで、水はけを改善するための小川作りをする必要があることが分かりました。すでに自然によって形成されていた水の流れている部分をさらに掘り、侵食を防ぐために両側と底を石で埋めていきます。手作業で掘り、大量に石を集め、それを並べる作業はかなりの肉体労働でしたが、雨のあと小川を水がスムーズに流れていく様子をみて、シンプルな達成感がその疲れを癒してくれました。

4月に入り、ぽかぽか陽気の日が訪れると今まで気付かなかった山桜が至る所で存在を示し、それに続くように淡い緑の若葉が一斉に芽吹いて山を彩り始めました。と同時に、カエル、トカゲ、アナグマ、ヘビなどの生き物が冬眠から目覚め、虫たちの活動も凄まじい勢いで活発になってきています。人生で過去に何度も春を経験してきたにもかかわらず、今年の春はこれまで知らなかった春を経験することになりそうです。