2年に及んだアフリカ大陸での生活と自転車の旅は、私たちに強烈なインパクトと新たな価値観を与え、ついに次の大陸へ向かう時がきました。しかし、季節は旅をスタートしてから初めて迎える冬。このタイミングでしばしの休養を兼ねて、ひと所に数ヶ月間停滞することに決めました。私たちがその体力温存の地に選んだのは、キプロスという国です。

キプロス(英語読みでサイプロス)は四国の半分ほどの小さな島国で、北にトルコ、東にシリアとレバノン、南にエジプトと、幅広い文化の狭間に位置しています。さらにその小さな島のなかで、北部が北キプロス・トルコ共和国としてトルコ系住民が支配する地域、南部がキプロス共和国政府(ギリシャ系住民)が支配する地域として、国家が南北で2つに分断している複合民族国家です。南キプロスはEUにも加盟しており、他の分断国家と比べても例を見ないほど、文化、宗教、経済面での違いを見て取ることができます。

キプロスを観光で訪れる多くの人は、観光業の大半を担う南キプロスに集中していますが、私たちはエリオットの両親がかつてから馴染みのあった北キプロスに滞在することにしました。北キプロスでも、夏はバケーションを楽しむ欧米人がたくさん訪れますが、冬はより日常に近い北キプロスを堪能することができる利点があります。

端から端まで自転車で気軽に行けるほどの狭い国土にもかかわらず、海あり山ありの豊かな自然に恵まれた北キプロス。滞在場所から自転車を1時間漕げば、とてもダイナミックな景観を臨むことができるポイントへ行くことができ、それが体の鈍らせないための贅沢なサイクリングコースとなったことは言うまでもありません。

また北キプロスの素晴らしいところは、豊かな自然のなかで数々の遺跡と出会えることです。私の印象で遺跡といえば、観光客が群がる言わば美術館のようなイメージで、どうも風情を感じることが出来なかったのですが、北キプロスではその手付かずの佇まいに思わず魅了されてしまいました。


山の頂上にまるでおとぎ話に出てくるかのようなお城が見えたかと思えば、散歩していると草むらのなかに乱雑に放置された遺跡群があったり、目立って修復されていないありのままの姿に感銘を受けずにはいられません。時には天井にフレスコ画が残っている建物さえあり、静寂のなかでその当時の生活を思い浮かべてみる時間はとても情趣のあるものでした。

それから忘れてはならないのが、北キプロスを夏に訪れる人の最大の楽しみである地中海の透き通ったエメラルドブルーの海でしょう。以前、観光シーズンの夏に北キプロスを訪れたこともあるのですが、その時でさえ人がほとんどいない楽園のような白い砂浜のビーチがあることに驚いたのを覚えています。

しかし、その美しいビーチに人が寄り付かないのには理由がありました。そのビーチがあるヴァローシャという町は、南北キプロスの国境のすぐ北にあり、1974年の紛争前まで世界で最も人気の観光スポットだったそうです。
ですが紛争後から今に至るまではゴーストタウンとなっており、ビーチ沿いにぎっしり立ち並ぶ当時建設された廃墟化した高層ホテルは、何とも言えない重々しい雰囲気を醸し出していました。人の気配が一切なくなった人工物というのは、それがいかに自然に属していないかを際立たせます。

また、ヴァローシャのあるファマグスタ地区の旧市街は、ヴェネチア時代の1489年に造られた高さ15m、幅約7mもある強固な城壁で取り囲まれている特殊な町です。これほどの遺跡が残っていながら世界遺産になっておらず、旧市街地内で人々が普通に暮らす様子が見れるのは貴重で、城壁の中と外とでタイムスリップしたような感覚に陥ります。

あらゆる時代の歴史の軌跡が色濃く残り、それでいて脚色が薄い北キプロスは、旅の休息をしながらリラックスして楽しむにはぴったりの土地で、2ヶ月間の冬越しの時間を飽きることなく過ごすことができました。きっとこれからも歴史が変化していくであろう北キプロス。ぜひ一度ゆっくり時間をとって訪れてみてほしい場所のひとつです。