自転車旅を南アフリカ共和国からスタートして8ヶ月。ついに到着した9カ国目のケニア共和国は、私たちのアフリカ旅を締めくくる国です。
当初の予定では北アフリカも継続して縦断するつもりだったのですが、北ケニアの治安が良くないこと(実際、南下してきた自転車旅人の数人は強盗に遭っていた)と、ケニアでエチオピアを陸路で通過するためのビザが下りないこと、またエチオピアやエジプトが自転車旅人にとって決して楽ではない国であることなどのいくつかの理由が重なり、迷った末、今回はケニアをアフリカでの最終目的地とすることにしました。

少し特別な感情で迎えたウガンダとケニアの国境は、多くの人々が行き交うなか砂埃が舞い上がっていました。その中でもひと際目立つピンクのシャツを着た男性たちは、国境まで人々を送り届ける自転車タクシーのようです。自転車の二人乗りが禁止されている日本ではあり得ませんが、歩行者の多いアフリカでは需要のある仕事です。

ケニアといえば、広大なサファリと先住民族が暮らすサバンナ地帯を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし実は、ケニアの国土の大半が標高1,300m~1,500mの高地で、赤道直下にもかかわらず比較的過ごしやすいのが特徴です。かと思えば、北部はカラカラに乾燥した過酷な砂漠地帯、南部は緑の生い茂る熱帯雨林と、土地によって気候が大きく異なっています。

ケニアの南西から入国した私たちが初めに訪れた場所は、“カカメガの森”というケニア唯一の熱帯雨林保護区です。唯一の保護区という響きから、それなりに観光地化されていることを予想していたものの、森へ向かうまでの道は何とも素朴で、この先に熱帯雨林保護区があるのかと疑うほどごく日常の村の光景が広がっていました。
途中、エリオットが通りがかりの人と何やら長話をしている間、まるで干し草が勝手に移動しているような光景に出会い、思わず二度見をしてしまいました。

道路脇の木々が徐々にダイナミックになり、樹齢100年は軽く越えているであろう大木を乗せたトラックが行き交うようになったその先に、カカメガの森はありました。かつてはかなり広い範囲に広がっていたのであろう、この深く豊かな熱帯雨林を眺めていると、アフリカ各地で幾度となく目の当たりにした森林消失の光景の数々が脳裏によみがえってきました。

ケニアはこれまで旅してきたアフリカ諸国より、一際発展している印象を受けました。田舎でも英語が達者な子供たち、点在する中規模の都市、またTuskysというケニア発の大型スーパーマッケットチェーンがあり、現地の人々の生活に市場ではなくスーパーマーケットが浸透しつつあること。けれども、すっかり路上の市場や食堂に慣れた私たちがスーパーマーケットや併設レストランを利用することはほとんどありませんでした(大好きなアイスクリームを食べるときを除いては)。

人の性質が内気なのか、さほど興味がないのか、人々が必要以上に絡んでくることはなく、ケニアの路上はとても穏やかなものでした。ある日は道路をアスファルトにする大規模な工事が行われていて、車両は迂回しなければならないものの、自転車はそのまま隅っこを通過させてくれて、車通りのない不思議なサイクリングを楽しんだ日もありました。

またとある日は、自転車を漕いでるとどこからか人々の歌声と太鼓の音が聞こえてきました。音が近づいてくると、それは歌って踊りながら教会へ向かう団体で、私たちを見るなり「こっちにおいで!」と皆んなが満面の笑顔で手招きしてきます。アフリカでは、人々の歌声が聞こえてくると、「あ、今日は日曜日か」と気がつくことがよくありました。日曜日は皆んなこぞってキリスト教会へ行き、歌って踊ってお祈りをする日なのです。

見慣れたアフリカの風景ともあともう少しでお別れかと思うと、少し哀愁がかって見えますが、そんな雰囲気をも一掃するアフリカの人々の底抜けの明るさが、何よりも恋しくなるんだろうなと思いました。