世界中から数多くの人が、はるばるザンジバルを訪れる最大の理由。それはなんといっても、島に点在する楽園のようなビーチでしょう。しかし、個人的に断然海より山派の私たちは、これまで一度も海沿いのルートを走行してこなかったので、ザンジバルがリゾートビーチのトップクラスだと聞いてもあまりピンとは来ていませんでした。わざわざバスに乗ってビーチだけ訪れるのもなぁ…と行くか否か迷っていたところ、Nungwiという島の北端にあるビーチがストーンタウンから約65kmとちょうどいい距離間にあることを知りました。

半日かけて自転車で行ってこそ、ビーチの美しさがより際立つだろうと考えた私たちは、ストーンタウンでの長い休息中に鈍ってしまった体を動かし、1週間ぶりに自転車に跨りました。さぁここからが、まだ見ぬザンジバルの旅の本当のスタートです!


人通りと交通量の多さで走行を注意しなければならなかったのは始めのほんの5km程度で、たった15分だけ自転車を漕ぐと、たちまち見慣れたアフリカの風景が戻ってきました。賑やかな町の渦の中に溶け込んでいると気づけない、また違う世界がすぐそばにあることを思い知らされる瞬間です。
ストーンタウンへ買い物に来たり、働きにくる地元の人を乗せた乗り合いタクシーは、どの車も乗車率100パーセント以上で、その乗客にとうもろこしの売り子の青年がスリッパで駆け寄ります。タクシーが動き出しても全速力で追いつこうとする青年の執念に、私たちは思わず釘付けになりました。

内陸へ25kmほど進むとアスファルトの道が赤土の道へと変わり、道の脇には「スパイスファーム」と書かれた看板がぽつぽつと建てられていました。ザンジバルの村では、昔から高級品とされていたクローヴを盛んに栽培しており、今でもその多くを輸出しています。また近年は、バニラ、ターメリック、シナモン、レモングラスなどの様々なスパイスを栽培しているファームを巡る、スパイスツアーという観光も人気なのだとか。スパイスの木がどのようにして実をつけ、育つのかを見る機会はなかなかないので、観光客にとって魅力的なツアーなのかもしれません。


森はより一層深くなり、道の両脇には今にも動物が飛び出してきそうな熱帯雨林が生い茂っています。現に、今まで見たなかでもっとも体格のいいバブーンの群れに道を立ちはだかれ、しばし停滞するハプニングがありましたが、実際野生動物より十分に気をつけなければいけなかったのが、私たちの真横を通り過ぎる乗り合いタクシーでした。道が空いているのをいいことに、人をぎゅうぎゅう詰めに乗せたタクシーは、砂埃を上げながら猛スピードで走り抜けていきます。自転車旅での一番の危険は?と聞かれたら、間違いなく「暴走する車だ」と答えるでしょう。

その後熱帯雨林に囲まれた長い道を抜けると、少しずつ草木の数が減ってきて、海がもう近い気配がしてきました。すると道の先から、道脇の草とまったく同色の鮮やかな黄緑色のヒジャブ(ムスリムの女性が頭や身体を覆う布)を被った少女二人が歩いてくるのが見えました。
ザンジバルは、東アフリカで珍しく人口の99パーセント以上がムスリムの島です。そういった宗教上の理由から、ザンジバルの女性は、世界でも稀に見ない美しい海がすぐそばにあるにも関わらず、学校で泳ぎを習うことなく育つのだそうです。この少女たちにとって、出掛けるときは必ずヒジャブを被ることや、泳ぎ方を知らないことは“ごく普通”のことなのかもしれません。しかしながら、彼女たちとまったく違う境遇のなかで育った私が、その“普通”を想像することは、 とてもとても難しいものです。

ついに浜辺に出ると、そこにはまさに“楽園”という言葉がふさわしい景色が広がっていました。ビーチの砂はサングラスをかけていないと目が開けられないほど真っ白で、浅瀬に浮かぶ船はまるで空中に浮いているようでした。

しばらくの間、その溜息の出るようなエメラルドグリーンの海をうっとり眺めていると、マサイ族の格好をした男性たちがどこからかやってきて、ビーチサッカーを始めました。彼らが本当にマサイ族のルーツなのかはさておき、マサイなのは身なりだけだということは一目で分かります。
彼らの多くは、ツアー勧誘やお土産売り、またセキュリティーなどの仕事をしにザンジバルへ出稼ぎにくるそうです。本来草原の遊牧民だったマサイ族とリゾートビーチの組み合わせは、あまりにミスマッチだと初めは感じましたが、純粋にサッカーを楽しむ彼らを見てると、これこそ今の本来の光景なんだと思えてきました。

その日の午後は、カラフルな熱帯魚を見るためシュノーケリングへ出掛けました。船で沖に出ると、浅瀬の淡いエメラルドグーリンから濃いスカイブルーへと瞬く間に色が変わっていきます。水中には確かにカラフルな熱帯魚がいましたが、数はさほど多くなく、思っていたより水の透明度が低い印象でした。
ザンジバルを含むタンザニア沖では、サンゴ礁が真っ白になり死滅する“ブリーチング”という現象が過去20年の間に2度起こっています。その原因は、海水温度の上昇、観光業による損傷、魚の乱獲など様々な要因が挙げられますが、それが自然現象ではなく、人により引き起こされたものだということが大きな問題です。
またブリーチング現象はタンザニアだけでなく、近年世界各地で深刻なダメージを与えています。海の森林の役割を果たしているサンゴ礁が破壊されたら、この美しい海はいったいどうなってしまうのか?エメラルドグリーンの輝かしい海に感動したことがある人なら誰しも、真剣に向き合わなければいけない課題だと思っています。