南緯32度、日本との時差12時間。日本列島の裏側、地球儀をぐるりと半周回した場所、世界最長8,000kmアンデス山脈の旅へ。日本の地平線の下、南半球の星空(宇宙)を眺めながら、南米大陸最高峰アコンカグア峰(6,960m)山頂を目指します。

アコンカグア峰BCのプラザ・デ・ムーラス(4,230m)での最後の晩。山頂に立てたことの嬉しさ半分、何年も憧れていたアコンカグア峰から離れてしまう寂しさ半分で、星空散歩を終えてシュラフに入ってもなかなか寝付けません。電灯が一晩中灯っている山小屋の受付で、ぬるくなってしまった紅茶を飲みながら夜明けを待ちます。

今日もいいお天気です。アコンカグア峰BC全体の眺望を記憶に残しておこうと、少しだけ登ってみます。同じ目的で世界中からこのキャンプ地に集まった皆さんとも、今日でお別れです。

今日は麓の村であるプエンデ・デル・インカ(2,770m)目指して、標高差1,430m、移動距離30km(終始下り坂)を歩き続けます。

新年を迎える大晦日の晩、あれほど大騒ぎした同じ会場とは思えません。

南半球では冬に向かってゆっくり登山シーズンを終わろうとしていますが、北半球ではこれから夏に向かって登山シーズンが始まります。

山小屋から離れる寂しさからでしょうか、自分たちが訪れた記念を壁や天井に残します。

山小屋の皆さんが大声で私を呼んでいます。いつもカメラを持ち歩いていたからでしょうか、「記念写真を撮ってほしい!」とのことでした。早口でいろいろ話してきますが、何を話しているか分かりません。しかし、誰かが誰かを紹介されているたびに大笑いされている雰囲気から仲良し仲間ということは伝わってきます。皆さまにとって大切な記念写真になると思い、暗い山小屋の中での撮影、星景写真を撮る以上に露出や絞りの設定に気をつけます。「じゃ、撮りますね。みんな笑って~」みたいなことを日本語で話しても意味が通じるから不思議です。全員と握手をして、お世話になったお礼とお別れの挨拶を済ませます。

共同装備の運搬はウマ、ロバ、ムーラの皆さんに、再びご尽力いただきました。世界的に有名な名峰アコンカグア峰があるため、その周辺の峰々にまで立ち寄る登山者は少ないようですが、見惚れるほど美しい峰ばかりです。アコンカグア峰に登頂した充実感と同時に、このような峰を残して帰国してしまうことの名残惜しさが膨らんでゆきます。

道はありません。

広い峡谷の中、踏んで傷める植物もありません。好きなところを好きなように淡々と歩き続けます。

迷いようのない道ですが、何も考えずに歩いていると川に憚れてしまい、引き返そうか、飛び越えようか迷います。大きな石を次々に放り込んで橋を作っていると、小学生の頃に近所の川で同じような遊びで楽しんでいたことを思い出します。

一度通った場所ですが、行きと帰りでは眺めている方向が違うからでしょうか、初めて訪れた場所のようで新鮮です。強風が吹き上がるたびに砂ぼこりで目が開けられなくなります。カメラ機材を傷めないようウェアで守る作業を繰り返していると、南米大陸の反対側、日本の瑞々しい森林が恋しくなります。

アンデス山脈を隆起させた造山運動の景観に見惚れながら歩き続けると、うっすらと草のような緑が見え始めました。

やはり人は緑に癒しを求めるのでしょうか、しだいに濃くなる草の植生に嬉しくなります。

岩石ばかりの荒涼とした山道から、草原の山道に変わったことで、

アコンカグア峰の登山が全て終わったことを実感します。